top of page

 

君と僕との懲りない関係

 

電話に出た瞬間、川村は教室を飛び出した。教師に止められるのも聞かず廊下を走り抜ける。飛び乗った電車ではほとんどイライラと目的地に着くのを待った。流石に病院内を走ることはしなかったが、足早に病室にたどり着いた頃には完全に息切れしていた。

「新開さん!?」

ガラリと開けた病室、横たわる体。慌てて駆け寄る。その体にはそれほど大きな外傷はなさそうだった。バイクで移動をしている彼が事故を起こしたと聞いて、最悪なら死ぬことを覚悟したが、とりあえず見たところ無事なようだった。

寝ている彼の頬には擦り傷。けれどその擦り傷よりも、彼の顔色の悪さと隈の酷さが目についてしまう。

「……最近見ないと思ったら」

最近は家に行っても全く帰って来ず、黙って帰ってくる日が続いていた。大方仕事が忙しいのだろうと考えてはいたが、ここまで顔色が悪いことは想像しておらず、川村は眉を寄せた。

「こんな状況じゃ事故にも合いますよ」

睡眠不足栄養不足不摂生など疲れが出ているのが明らかな顔をしていた。そっと頬に触れると、ふるりとまつげが震える。

「起きました?」

彼はゆっくりと目を瞬かせる。一瞬状況を把握できずにいるらしく、視線が不安げに彷徨った。

「病院ですよ」

そう声をかけても、彼は相変わらず怯えたような顔をして、あたりを見回している。彼の手が、珍しく自分から川村に伸ばされて、学生服の裾を掴んだ。

「川村君」

彼の声は震えていた。大きく目が見開かれる。

「……? どうかした」

彼の手が裾から上がってくる。新開の体がベッドから起こされる。ほとんど口付けるような距離で、彼は川村の喉に触れ、頬に触れ、確かめるように動いていく。

「だから、なんなの」

「川村君、何も、聞こえないです」

「は?」

何を言ってるんだ、と思うことはなかった。新開の顔はいつになく必死で歪みきっていて、ただでさえ血色の悪い顔は、今や真っ青。腕を掴む手は力が入って血の気を無くしていた。

「何も聞こえない、ねぇ、なにか、なにか話してくださいよ」

 力ない声に、とりあえず川村はその体を引き寄せ、それから迷わず医者を呼んだ。

 

 

検査をしたところ、耳の機能自体にはなんの問題もなかった。心因性難聴、診断が下された。事故での完全な失聴という訳ではなかったため、いつか聴力は戻ると言われたが、新開にとってそれはなんの救いにもならない。

元々、視力が弱い新開にとって、更に聴力が失われるというのは死活問題だった。街を歩くのが怖い、家が全然別の家に見える、何より、声が聞こえない。

トントン、と肩を叩かれ驚いて振り返る。川村が紙と鉛筆を持って立っていた。

『会社には連絡とったから、有給とってしっかり休んで』

「……もう帰るの?」

声が出ているのか出ていないのか分からないが、尋ねた。川村はちょっと眉を動かして、それから手をぐっと伸ばして新開の頬を撫で、首に手をかけて引き寄せた。耳に息がかかる感触から、彼が何かを囁いているのがわかるが、何を言っているのかわからない。

「川村君、聞こえないです」

どれだけのボリュームを出していいのか分からず、小さく呟いた。川村の腕が新開の背中に回る。とんとんと軽く叩かれる。体の揺れから彼が何かを話しているのがわかるのに、聞こえない。何も聞こえない。

「かわむら、くん」

ひとりきりで話をしているみたいだ。川村の体が離れた。彼の手が頬を撫でる。彼の表情は硬い。ほとんど無表情だが、温度が足りない。

「かわむらくん」

チッと舌打ちをしたのだろう、ぴくりと頬が動いた。ごめんなさい、面倒臭くて、そう言おうと思うより先に彼は紙を取り出し、サラサラと紙に記入した。

『一週間だけ介護してあげるから、はやく治して。どうせ面倒見てくれる人もいないんでしょ』

随分な言われようだが、事実だ。新開は口元を歪め、眉を下げた。受験は、と尋ねると軽く肩をすくめられた。彼は都内の有名大学の理系学部を受けるはずだったから、こんなところで遊んでいる場合じゃないはずだ。どうしよう、彼の迷惑になる、そう思ったが、彼はなんてことない顔をしている。ゆっくりと彼の口が大きく動く。

だから?

そう言っているのだろう、彼の顔はしれっとしており、焦りもなにもない。不遜とも取れる態度だが、実際彼の成績は非常にいいようで、それが少し救いだった。

おもむろに、ぐっと引き寄せられてキスをされる。音はなくても、彼の与える感触は変わらない。少しだけ安心した。涙が落ちてきて、とまらなくなる。耳が聞こえなくなったと気づいた時からずっとそうだ。小さなことでボロボロと涙が落ちてきてしまう。

泣き出した新開に対して川村は、はいはいと面倒くさそうな顔。そんな顔をされて、胸がきゅぅっと小さくなって、苦しい。涙がさらに零れる。

「うっ、ぅ……」

縋り付くようにその背中に腕を回す。大きくその体が上下する。溜息を吐いたのだとわかって、慌てて手を離した。そもそも、新開と川村は甘えるような関係ではない。むしろ彼が今回一週間面倒を見てくれるということ自体もおかしな話なのだ。

「っ……」

これ以上面倒をかけまいと目元を擦り、涙を拭おうとするが、その手をはっしと掴まれる。川村がじっと新開を見ていた。

「かわむらくん」

そのままずるずると腕を引かれ、風呂に放り込まれる。彼がさらさらとメモ帳に走り書きをする。

『風呂入って寝ろ』

言われるがままに、おとなしくシャワーを浴びて寝巻きに着替えた。ベッドへと向かうと、川村が音楽を聞きながらベッドに腰掛けて本を読んでいる。彼は新開に気が付くと顔をあげ、ポンポンとベッドを叩いた。

まだ寝るには早い、と思ってぽすんと隣に座ると、彼の眉がきゅぅっと寄った。

その口がゆっくりと大きく動く。寝ろ、と音は聞こえなくとも川村がそう言っているのが分かった。しぶしぶ眼鏡を外して布団に潜り込む。目を閉じると、暗闇。なんの音もなく、不安になる。その閉塞感は、暗くて狭いところに似ている。そう一度思ってしまうと怖くなって息が荒くなった。寝なくちゃいけない、けれどこのままでは眠れない、堪らなくなって目を開いた。

そうすると、川村がじっと新開を見ているのに気づいた。ばちりと目が合う。また怒られる、と思うが、怖くて目が閉じられない。だが、彼は怒りはせずに黙ってベッドにあがり、新開の隣に横たわり、再び本を読み始めた。それをぼんやりと眺めていると、体の上に重みを感じた。トン、トン、と新開の上に置かれた手が一定のリズムを刻む。

子どもを寝かしつけるようなそれはある意味馬鹿にされているようにも思えるが、その体温と心地よいリズムに、とろとろと眠気が襲ってくる。気持ちいいなぁ、と誘われるように目を閉じた。明日には、聴力が戻っているといいのに。

 

 

体を起こすと、隣ですやすやと川村が寝ていた。昨日あのまま寝てしまったのか、彼は学生服のまま、本を枕元に開いたままにして寝ている。彼の体温は低いが、一緒に寝ていれば流石に温かい。その体温に引き寄せられるように擦り寄り、ゆるいウェーブをかいた髪にそっと指を絡める。彼が起きる様子はない。彼の髪は細くて柔らかかった。

しばらくそうして弄んでいるうちに、意識がはっきりとしてくる。流石に動こうかな、と眼鏡をとって起き上がる。

「……ご飯、作らなきゃ」

わざわざ声に出してみたつもりだが、新開の耳はやはりなんの音も拾わなかった。仕方がない、そう思いながらキッチンに立つ。冷蔵庫を漁ると、最近買ってあったほうれん草とベーコン、きのこなどが入っていた。

「……パスタかな」

いつもと同様に料理をはじめる。切ったりすることには支障はない。ただ、火が通り、油の弾ける音が聞こえないと、並行作業がしづらいのだな、とはじめて気がついた。料理は見えさえしたらいいと思っていたが、随分と聴覚を必要としていたようだ。慣れた作業のはずなのに、だいぶもたもたとしてしまったし、茹で加減なども間違えて、少し柔らかくなってしまった。

しばらく野菜を炒めていると、いい匂いがしてくる。茹でてあったパスタを絡め、味を調える。失敗したとはいえ、食べられないものではなさそうだ。バターと醤油で和風パスタもいいな、と思ったが朝から油がきついな、と牛乳と小麦粉、ついでにとろけるチーズでお茶を濁してクリームパスタを作った。

川村はまだ寝ているようだし、折角だからもう一品作ろうかな、と冷蔵庫を漁る。

ポン、と背中を叩かれ、びっくりして振り返る。

「あ、あ……川村君か」

彼は、とろんとした目でぼんやりと新開を見ていた。柔らかい髪の毛はあちこちにはねて寝癖がすごい。ぱくぱくと緩慢に口が動いた。

「おはよう」

彼が言ったのはおそらくそれだろうと思って、返事をする。間違っていなかったのだろう、彼は黙ってフライパンを見た。

「あ、川村君の分も、ありますよ」

またパクパクと口が動く。多分、ありがとうだ。パスタを皿へと移し、冷蔵庫に入っていたトマトを申し訳程度に洗って出した。起きてきてしまっているし、パスタは冷めるし、もう新しく品を作る必要はないだろう。

パスタを盛った皿を川村が運んでいく。新開はフォークとトマトを持って後へ続いた。

二人でパスタを口に運ぶ。寝起きの悪い川村の動作は緩慢で、口数も少ない。朝はいつもそうだ。ただ、今は話をしたところで全く聞こえないから一緒だ。ただ、黙々と二人で食事をするだけ。なんとなく、物足りない気がした。

とろりと重たい瞼のまま、もっさもっさと食事をしている姿は、まるで草食動物なんだけどなぁ、と新開はぼんやりと思った。彼の視線がすっと上がる。ちょい、と首が傾げられる。

「ごめんなさい、何でもないんですけど」

こくり、と頷いて川村は食事を再開した。

両手を合わせてごちそうさまをする頃には川村の目も幾分か覚めていて、くりくりとした目が新開をはっきりと映していた。

「パスタ、茹で過ぎてしまったんですが、大丈夫でしたか?」

そう尋ねるとこくりと彼が頷き、少しだけ口角が上がった。それにつられて新開も頬が緩む。美味しいと思ってもらえたのだろう。自分の料理を美味しいと思ってもらえるのは、本当に嬉しい。少しだけ気分が上がった。

 

 

食事を済ませてしばらくすると、川村が紙にサラサラと文字を書いた。

『ちょっと服とか荷物持ってこなくちゃならないから、家で大人しくしててね』

そう書き置くと、彼は家を出た。新開がいつも彼が荷物を置いている空間を見ると、そこには学生鞄だけが置いてある。そういえば、新開が事故にあったのは午前中で、川村はやってきたとき学生服のままだった。授業はどうしたのだろうか、休んだのだろうか。わざわざ来てくれたのだと思うと、気まぐれだとしても少し嬉しい。そもそも、なぜ彼に連絡が行ったのだろうか。うわ言で呼んでいたのなら、すごく恥ずかしい。

やはり、相当混乱していたのだろう、少し落ち着いた今になって色々なことが気にかかる。だからといってそれを確かめようにも、電話は使えないし、ラインを交換している相手もほとんどいない。新開は、使えない携帯を放り投げた。代わりに、忙しくて読みかけだった本を手に取る。

いつから本を手に取る余裕もなくなったのだろうか、栞を挟んでいた場所を開いたところで、全く内容を覚えていなかった。仕方なしに一番初めのページを開く。

本にでも没頭していれば、耳が聞こえない不安を忘れられる気がした。ぺらり、ぺらりとページをめくっていく。文字を読んでいるはずなのに、目が滑ってしまって頭に入ってこない。相当読み進めたただろう、と思って顔を上げる。時計を見ると、三十分も経っていなかった。

「掃除でもしましょう……」

これ以上読み進められる気もしなかった。なんとか気を紛らわせたい一心で掃除を進める。とはいえ、元々物は少ないし、定期的に掃除もするためやはりそれほど時間がかかる訳ではない。音がしなくて掃除機をかけるのもうるさくなくていいや、なんて自虐的に思いながら掃除機をかけて、物の配置を少しだけ変える、そんな程度のことしかできない。

いっそいつも寝られない分、眠ってやろうかと思ってベッドに横になる。目を閉じると、やってくる暗闇と無音がうるさい。気が散って眠れない。諦めて目を開けてぼんやりと天井を見上げる。

眼鏡を外してしまえば、歪んだ視界がそこにあるだけ。何一つはっきりとは見えない。やだなぁと顔を腕で覆う。なんとなく、不安になる。

そろそろ川村は帰って来ないのかな、と眼鏡をかけて何度も時計を見た。家に帰って戻ってくるような時間になっても、川村は帰って来ない。やっぱり面倒だったのかな、とそわそわとする。ふっと携帯を見ると、何本もの着信と、一本のメール。着信は川村からで、メールを見ると「鍵がない」とだけあった。ハッとする。新開は、今はインターホンが聞こえない状況で、川村は鍵を持って出て行っていなかったのだ。慌ててドアを開けると、ドアの前に座り込む川村の姿。

「ごめっ……」

川村は振り返り、ひょいっと肩を竦めた。ポンポンと新開の肩を叩きながら、彼は家に入っていく。川村は気にした風ではなかったが、新開は身を縮めながら彼に続いた。どれほど冬の寒さの中そうしていたのか、と電話を見ると、最初の着信は二十分ほど前だった。申し訳なさに胸がいっぱいになる。

彼は両手を結んで開いてを繰り返している。思わずその両手を包むように手を握ってしまった。その手は案の定ひんやりと冷たく、体温を感じさせなかった。川村が、驚いた顔で新開を見る。

「……ごめんなさい」

川村は少し何かを考えたような顔をしたあと、新開の手から自らの手を引き抜く。そしてその手を伸ばし、新開のハイネックの首元に両手をずぼっと突っ込んだ。

「ひゃっ……!」

冷たさとくすぐったさに思わず声を上げた新開に、川村は悪戯っぽく笑った。

「川村君、冷たいです……」

彼は新開の首にぺったりと手をつけたまま悪戯に顔を寄せ、見透かしたような顔をして、少し目元を緩める。小さく傾げられた首は愛らしさを思わせるが、そんな可愛らしい生き物じゃないのは誰より新開がよく知っている。

くっと顔が近づけられる。ぎゅっと目を閉じる。何も起きずに恐る恐る目を開けると、目の前で面白そうに目元を歪めている川村がいる。からかわれた、とそう気づいて顔に熱が集まる。からかわないでください、そう口にするタイミングで、ちゅっと軽くキスされる。するり、と首元から手が抜けていく。

「んぁっ……!」

微妙に首筋を撫でていく指先に悪意が感じられたのは、おそらく気のせいじゃないだろう。顔がさらに赤らんでいく。

「……酷い」

彼は意に介した風もなく、手がひらひらと振られる。川村は荷物を置いて、ごそごそと中を漁り、いくつか参考書を取り出す。机の上に出してすらすらとシャープペンを滑らせていく。

「……学校、行かなくていいんですか」

本来なら、あったはずなのに、そういう意図を込めて言う。川村は新開を見ることすらせずにこくりと頷いた。普段なら何度も聞くなよ面倒臭い、そう言われてもおかしくないシュチュエーション。本人は気にしないかもしれないが、新開は気になるのだ。

他人に、そこまで時間をかけてもらう謂れはない。彼は勉強をしているが、何をしようかとぼんやりとする。今まで仕事に追われすぎていて、ぽっと時間を与えられたところで何をしたらいいのか分からない。

普段だったら何かしらできたかもしれないが、今は外に出るのも怖いし、家の中でも無音が気になる。そういえば、昼食時も迫っている。どうせなら買い物に行きたいが、一人で行くのは怖い。だからといって、帰ってきたばかりの川村を付き合わせるのも嫌だ。

残っている食材はなんだっけ、冷凍のミンチと、玉ねぎと、チャーハンくらいなら作れるだろうか、と考える。なんにせよ、とりあえず米を炊かないとどうしようもないな、と炊飯器をセットした。

炊き込みご飯でも作ろうかと思ったが、そうすると時間が短縮されてしまい、暇になるだろう。いっそ、料理をするくらいしか暇を潰す方法を知らない新開は、あっさりそれをやめた。

 

川村が勉強やパソコンを叩いたりしている間、新開は料理を作ったり本を読んだりしている。川村がそれに飽きたら二人でスーパーに行き、買い物をしたり、他愛のない会話をしたりする。会えば結構な頻度で行われていたセックスがないのに違和感を持ち、びくびくしていたのも最初だけのこと。音が聞こえない状態でそれをするのは流石に少し怖かったから、ありがたかった。

そんな風に過ごしていたら、案外時間は早く過ぎ、暇だと感じていたのが嘘のようだ。四、五日などあっという間だったなぁ、と新開はぼんやりと思う。

このままだと、きっと一週間もあっという間なのだろうと思うと身震いした。

川村を伺うと、彼の口が小さく動いている。手元には小難しい数学の問題。数式を唱えているのだろうか、と思うが、口の動きのテンポの良さを見ると、数字を唱えている訳ではなさそうだ。歌でも歌っているのかと尋ねたいが、勉強の邪魔をする訳にもいかない。何の歌を歌っているのだろうか、新開は推測することしかできなかった。

結局、数日たっても新開の聴力は何も戻らないまま。今は川村がいるから生活できているが、いなくなったら、このまま聞こえないままだったらどうしようと思う。最初から川村は一週間と言っていた。その後は、新開はなんとかして一人でやっていかなくてはならない。

いつだってそうだった。

親も、友達も、恋人も、誰も新開を助けない。掴んだ手は離される。信じたら、裏切られる。だから、一人で生きていかなきゃならない。それが当たり前だし、それにはとっくに慣れている。

そのために稼げる会社に入ったし、暇を忘れるように忙しさに身を投じた。何かを失うたび、勉強に、仕事に、絶対的に将来も自分を裏切らないものに没頭していくだけ。

川村だって、そのうち新開に飽きる。大学に入って世界が開けて、新しい場所を見つけて、新開なんかよりよっぽど年が近くて似合いの彼女なんかと並んで歩いて。そのうち、もう要らないと言われるのだろう。前みたいに、突き放されるのだろう。言葉にされたらまだいい。学校が楽しくなって、じょじょに足が遠のき、いつの間にか新開の家は今まで同様の静けさを取り戻す。そんな日が、すぐにやってくる。

そういえば、事故にあった日もそんなことばかり考えていた。仕事が忙しくて睡眠時間や食事がとれなかったこともあり、ほとんど倒れる寸前だった。そのせいで一瞬判断が遅れたのが事故の原因だっただろう。

「……川村君、ゴミ捨てて来ますね」

外の空気が吸いたい。そう思って新開は立ち上がった。

 

 

トントンと雨水がベランダや窓を叩く音が部屋の中にも伝わってくる。音楽みたいだな、なんてよくあることを思いながら好きな曲を口ずさむ。久しぶりにピアノでも弾きたいな、と思う。

しかし物の少ないこの部屋にピアノなんてあるはずもなく、川村は先程まで解いていた問題を横に避けて、パソコンを開いた。ピアノの代わりに、テンポよくパソコンのキーボードを叩く。カタカタと鳴るキーボードの音はよく慣れ親しんだもので、心地よい。実際川村の勉強時間以外の時間の大半がパソコンの前である。それこそ動画サイトを見ていたり、くだらないゲームをしたりと無為に時間を過ごしていることもあるが。

「……あれ」

つい作業に夢中になっていて忘れていたが、ゴミを捨てて来ると言ったきり、新開が帰ってきていない。外は雨が強い、それほどまでに遠くに行くとも思えない。玄関には彼の傘が置きっぱなしだ。どこにいるのだと電話をかける。電話が鳴っているのが聞こえなくとも、バイブ音で川村が電話をかけていることくらい気が付くだろう。

ブーブーと、キッチンで何かが震える音がする。畜生、と川村は呟き立ち上がった。新開がどこへ行ったのかは分からないが、探しに行ったほうがいいのは確かだ。自分の傘と新開の傘、両方を持ち、最近作ったばかりの合鍵を持って立ち上がった。

 

 

コートを着てきたものの、外は寒い。濡れた場所はすぐに熱を奪い、ひやりと冷えてくる。どこにいるのか知らないが、こんな雨の中に傘もささずにいるであろう新開の体は既に冷え切っているだろう。

「どこのゴミ捨て場まで行ったんだよ」

川村には、新開がどこに行くかなんて想像がつかなかった。彼の交友関係は狭いし、趣味だって料理とバイク、こんな時に頼れる相手なんてそうそういない。そうなれば、一番厄介なことに、きっと宛もない癖にどこかへ行っただけだ。地道にその辺を歩き回って彼を捜すしかない。

いっそ、公報でも流してやりたい。恥ずかしい思いをしようが知るか、どうせ本人には聞こえない。そんなしょうもないことを考えながらも、川村は辺りを探し回った。

人通りの多いところまで出てきてしまった。余計に見つけ辛い場所だな、と川村は苦い顔をする。逆方向へと行ったのだろうか。もう少し探したらUターンだと思いながらも、細い路地を一つ一つ覗き込んでいく。

あの黒髪を、少し丸められた背中を、どこかに見つけなくてはならない。必死になるのも、慌てるのも、焦るのも川村は得意じゃない。できることならしたくない。面倒くさいとも思っているし、十三も年上の相手のお守りなんてものも、当然のことながらしたくないのだけれど。

「見つけた」

路地裏、ポリバケツの横に隠れるようにして、膝を抱えて丸まっている彼の前に屈む。

「全く、何してんの、この馬鹿」

完全に膝に埋められたその頭をくしゃりと撫でる。上げられた顔に浮かぶのは戸惑い。自分を守るように、抱きしめるように回されている新開の手を掴み、体重をかけて引き上げる。

「帰るよ」

びしょ濡れで冷たいその腕を引いて歩く。彼は傘を差し出したところで全く意味がないほど濡れている。上に、自分で差すことができない程生気のない顔をしているから、これなら自分が傘を差して手を引いて歩いた方が早いだろうな、と傘を預けるのを諦める。

俯いた新開は、抵抗することはなく黙って川村に手を引かれながら歩いていた。振り払う元気がなかったのが、唯一の救いだった。

家に戻ってから即風呂に叩き込み、自分も濡れたコートを脱ぎ、ズボンとシャツの裾を捲った。新開はといえば、服を脱ぐこともせずにタイルにぺたりと座り、青い唇をしてガタガタと震えている。彼をまだ空の浴槽に入れ、栓をしてシャワーを浴びせかける。本当は溜まった風呂に入れてやりたいが、そんなことをしている間に風邪を引きそうだった。まぁ、シャワーのお湯が少しずつ溜まっていくだろう。

なんだか犬猫に浴びせているようだなぁ、と浴槽の縁に肘を付きながら考える。逃げているところを追いかけて、捕まえて、風呂に入れて。

「あんたさぁ、何がしたいの」

それこそ犬猫でも洗うように頭をくしゃくしゃとしてやると、縋るような目線が川村に絡む。こういうところ、すごく面倒くさい。そういう気持ちは勿論あるが、ただ、そういう風に求められると、突き放せない。

聞きたいことはあるが、風呂の中には文字を書くものもないし、不幸にも川村の片手は新開の頭の上、もう片方はシャワーを持っている。彼は未だにされるがままで、何かを自分でしようという感じではないし、困ったなぁ、と溜息が漏れるばかり。流石に、耳が聞こえなくなるレベルで追い詰められている人間相手に強く出られる程、川村も鬼にはなれない。

だからといって、落ち着くまで待ったら今度は口をつぐみそうだから厄介だ。しかたない、とシャワーを新開の手に握らせ、立ち上がる。新開の顔があがる。捨てられた子犬のような不安そうな目に、ぽんぽんと頭を軽く叩いてから浴室を出た。

 

 

べったりと張り付いた服が鬱陶しい、ようやくそういう感情が戻ってきた。耳が聞こえない状態で一人で外へと出向いたのは、はじめてだった。後ろから来る車や、自転車の音が聞こえず、すり抜けていくのが怖かった。人とぶつかり、舌打ちをされるのが怖かった。大通りに出る頃にはすっかり怖くなってしまって、路地裏に逃げた。

ふらりと飛び出して来てしまった手前、家に戻るのも気まずい。どうしよう、と膝を抱えているうちに、だんだん何をするのもしんどくなって、世界が全て敵のように思えて、何も見たくないし聞きたくなくなった。世界は、いつだって新開に優しくない。川村だって、決して新開に優しい訳じゃない、ちょっと暇つぶしのできる玩具を手の上で転がしているだけだ。

そんなことを考えながらぼんやりとシャワーを浴びていると、冷え切った指先がじわじわと熱を持ち、ビリビリと痺れたようになる。今はぽかぽかと温かいお湯は、初めはむしろ熱さすら感じる程で、自分の体がどれほど冷たくなっていたかを認識した。

先ほどまで気にならなかった、べったりと服が体に張り付く感覚が不快に思えてくる。脱ごうかな、と思っていると川村が紙とシャーペンを持って戻ってきた。彼はメモ帳の一枚を新開に見せる。それには既に文字が書かれている。

『どうしたの』

「……外に、出たくなって」

川村に無言で首を左右に振られた。そりゃそうだ、何の答えにもなってない。

「一人で外に出たら、どんなものかと思って」

川村がまたサラサラと文字を書く。

『どうだった?』

「……今日はあれでしたが、どんな感じなのかは分かりました。次は、一人でも外に行けます」

だから、一人で大丈夫。そう自分に言い聞かせて笑う。川村が完全にげんなりした顔で新開を見た。

『今まで聞かなかったけど、なんであんた耳聞こえなくなったの?』

次に書き殴られた文字に、新開は息を飲んだ。

「……忙しかった、からじゃないですかね」

嘘じゃない。だが、それは真理じゃないのは確かだった。入社してからこの方、これ以上忙しい時など山ほどあったし、大変だとは思うが、こんなふうに聴力を失うほどではない。川村はむっとした顔をして再びメモを突きつけた。

『何を、聞きたくなかったの』

あまりに直接的なそれに、言葉に詰まった。音のない世界。それはきっと、新開が望んだ世界だった。何も知らなければ、怖くないから、聴力を失って、けれどそれすらも嫌だと嘆いて、逃げ出そうとして、失敗した。

『新開さん、何がそんなに怖いの』

川村の目は、こういう時も穏やかで、特に感情を浮かべない。それは場合によっては恐怖とも取れるが、こういう時にはまるで何もかも許されているような気がして、駄目だ。

こんな冬の冷たい雨の中外へ出たのも。今こんなに怖いのも。そもそも耳が聞こえなくなったのだって、全部理由は一つだ。忙しさだとか、体調管理がなってないとか、そんな理由をつけたところで、そんなものじゃないなんて、新開本人が知らないはずがない。

川村の手が新開の両頬を挟み、しっかりと目を合わせた。随分温まってきたおかげで、低体温の彼の手が冷たく感じる。何も聞こえなくなって、不安で夜眠れそうになくても、彼は飽きずにこの体温を分けてくれた。毎日、毎日、手を握ってくれる時もあったし、隣で寝てくれている時もあるし、最初の日みたいに背中を叩いてくれていた時もある。

面倒臭がりな彼が、わざわざ新開に合わせて生活をしているのだ。彼の時間を割いて。そんなの、ずるいじゃないか。

川村の口が、ゆっくりと五文字刻む。新開がパニックになっているとき、いつも彼はそうする。だから、今回もまた、そうなのだろうと思うことはできるが、その声は届かない。聞こえない。

「川村君、聞こえないですよぉ」

ぱたぱたと涙が零れてきた。聞きたい。新開の名前を呼ぶその声が、聞きたい。けれど、その口から、聴きたくない言葉があったから。

「……っふ、ぅ、面倒臭くてすみません、でも、でも、飽きたって言わないでくださっ……、ごめ、なさ……っ」

きっと川村は新開になんて飽きてしまうけど。可愛い彼女が出来るけど。もっといい玩具が見つかるかもしれないけど。

「おねが、……っ、要らないって、言わないで、くださっ……ぅぇっ、都合、い、だけで、いいですから……迷惑かけ、せんからっ……」

既に面倒臭いだけだとわかっていて、新開はその腕に縋った。川村の顔が怖くて見られない。けれど、両頬を固定されているせいで、見ざるを得ない。やだやだと首を振り、目を伏せていると、彼の手が離れた。怖くなって目を開けると、彼はカリカリとまたメモに何か書いている。

『僕があなたに飽きると思ってるの?』

「だって、……っ大学、行ったら、色々な人いますし……」

『飽きないよ』

「そんなこと」

 ない、と言おうとする前に、口を指先で抑えられる。

『だって、僕はあなたのこと好きだから』

思考が停止した。

「そんな、違、嘘、冗談なら、やめ……」

口を塞がれた。今度は彼の唇で。嫌だ、期待したくない。そんな意地悪されたくない。どんなことをされてもいいけど、それだけは。彼の手がまた紙の上で動く。

『僕の声、聞いてよ。何度でもあなたの名前を呼んであげるから』

もう、なんでもいいやと思った。

「清史郎」

浴室に響くシャワーの音、落ちた水が水面を叩く音、換気扇の回る音。一気に襲ってくるそれらが、騒がしい。うるさい。うるさいうるさい。

「もっと、呼んで」

「清史郎、僕は、あなたが好きだよ」

今は、彼の声しか聴きたくない。

 

 

バシャバシャと水が落ちていく。ぬるい湯で火照った体を冷やしたいが、全く体の熱が引かない。川村があんなことを言うから、と新開は俯く。

川村は、泣きじゃくる新開の背中をずっと撫でていたし、新開の耳元で何度も名前を呼んでいた。ようやく落ち着いた新開に、川村はいつもの調子で、今から抱くから、と言い残して風呂から出ていった。

耳が聞こえなくなる前は忙しすぎて川村に会うことはおろか、自己処理をする時間もなかった。耳が聞こえなくなってからはそんなことをする気になれず、一体いつからそういうことをしていなかっただろうか、と思う。随分久しぶりの行為に、どうしたって体が熱を持ってしまう。

「……抜いてから行きましょうか」

けれど、全部見透かされそうだし、散々煽られそうだ。久しぶりに抱かれるとなると、あのサイズのモノを受け入れるのが苦しそうだからしっかりと準備していこうかなぁ、とか色々なことを考えてしまう。

そんなことを考えてしまったら、もうどうにも収まらない。ぐるぐると回る頭を必死でとめて、冷静を装う。風呂から上がり、タオルでわしゃわしゃと髪の毛を拭きながらも、どうしても頭がクリアにならない。

これ、服着る必要あるのかなぁ、と思いながらも、蛍光灯の下、自分の体を晒すのもいやでいつものようにきっちりと寝巻きを着込む。何より、既に熱を持っているのが明らかになってしまうのは恥ずかしかった。

そんなことを思っていたのも束の間で、結局ベッドの上にあげられてしまうとそんなことを考えてる余裕も、意味もなくなった。

「ちょ、ま、待って、待ってください川村君っ」

「待たないし、待つ必要があるの?」

新開の太ももを割った川村の膝が、ぐりぐりと勃ち上がりかけのモノに押し当てられる。

「んんっ、あ、ぁ、や、駄目っ」

珍しく、ぴたりと川村が動きを止めた。彼はじっと新開を見て言った。

「あのさ、僕がいくつか知ってる?」

「じゅう、はち」

「僕もここに来てから、してないからね?」

新開は恐る恐る彼のものに手を伸ばし、ヒッと息を呑む。下から見上げた川村の目が爛々と光っている。

「だからさぁ、ちょっと、覚悟決めてね」

きゅうっと口角があがり、目が細められる。怯える新開の首に、川村が獲物の息の根を止めるように喰らいついた。

「ひ、ゃ、あっん」

甘ったるい声が漏れる。ふにゃりと力が抜けるのを、満足そうに見下ろされる。川村はキス一つすればいい、言葉一つかければいい。なんなら、視線一つだっていいのだ。新開はそれだけで条件反射のように動けなくなる。

「女の子みたいな声あげちゃって」

「や、違、ぁ」

首筋を舐め上げながら、その手が寝巻きの上から新開の胸を撫でる。

「確かに随分ささやかな胸だけど」

「男、なんだから当たり前……っ」

指先が円を描くようにじょじょに意図を持って胸の中心、へと迫っている。いつ触られるのかと身を縮こまらせて期待してしまう。ひたり、とその先端に指が当てられる。いつもみたいにカリカリと引っ掻いたり、弾いたりすると思ったその指先は、触れるか触れないかといったように優しく撫でていく。

「服の上からでもわかるくらいになってるけど?」

耳元で囁かれ、ぞわぞわと首の後ろあたりがする。

「寒い、からっ」

「じゃ、いいの? 痛いくらいぎゅってしたあと優しく舐めたり、ピンピン弾いたり、吸ってたりしてあげなくて大丈夫?」

ねっとりとした声色。いつもされていたことを思い出して体が震える。でも、して欲しいというのは恥ずかしい。そんなのまるで、本当に女の子みたいだ。

「いっつも可愛い声で鳴いてるのにね? ダメって言いながらも真っ赤に腫らして、触るたびにビクビクしてるでしょ」

器用に動く指先が、ぽってりとした唇が、新開の乳首を思うまま弄ぶ様子が頭の中から離れない。優しく触れる指先の動きは、むしろ焦らしているようにしか感じない。息が荒くなっていく。放っておいても絶対にしてくれないことはわかっている。

「して欲しくてぷっくりさせてるんじゃ、ないの?」

「して、欲しい……」

甘えたような声が出る。可愛くもないのにこんな声でねだるのは恥ずかしい。

「女の子みたいに、ここ触って欲しくてこんなにしてるんだ?」

パチン、と浮いた乳首を弾かれる。

「ひゃぁんっ、あ、ぅ、そ、です、ごめんなさ、嘘、吐いてぇっ」

じんじんと弾かれた方の乳首が疼く。一度与えられると、もっともっとと体はいやらしく欲しがってしまう。服の下で、乳首は完全にたちあがり、固くなっている。今こんなに固くなっているそこをいじられたら、どれだけ気持ちいいのだろう。

「嘘吐いたんならお仕置きかな?」

「あぅ、あ、ごめんなさぁい……」

「だぁめ。今日は一杯ここするからね」

にっこりと笑われ、びくりとする。ボタンを全て外され、前をはだけさせられる。思わず目線を下げると、これ以上ない程勃起した乳首が彼の柔らかい唇に包まれるのをつぶさに見てしまった。

「っぁっ」

もう片方の手も器用に乳首を転がしていく。焦らされたそこは、敏感にその動きを感じ取ってしまう。ちゅう、と吸われてびくびくと体が震えた。そんな新開の様子をくすくすと笑いながら川村は首を傾げた。

「んー? どうされるのが好き?」

くるくると乳輪を撫でながら、彼は笑う。

「……意地悪、しないで、くださいっ……」

「でもこうやって焦らされたあとにされるの好きでしょ」

きゅっとしこったそこを摘まれ、ひゃん、と声をあげて新開は身を捩った。一瞬の刺激の後に、またくるくるとその指が一番感じるところを避けて胸をなぞる。次にいつくるのかという期待で胸が震える。

「弾かれるのも好きだよね」

ピンピンと指先で弾かれ、また焦らされる、それを繰り返し、どれが一番好き、と尋ねられるが、新開はぜぇぜぇと息を吐くことしかできなかった。そうすると川村はもう一度、と同じことを繰り返す。いじられすぎたそこは、真っ赤に熟れてどんな愛撫にも反応を返してしまった。

「どうされるのが好きか分かった?」

「ふぅうっ、やぁ、も、何されるのも、駄目、ぇ」

「駄目? イイの間違いでしょ、そんなに可愛い声だしちゃって」

くるん、と体勢を変えられる。後ろから抱きしめられる形で腕を回される。両手で乳首を激しく捏ねられ、逃げようとしても、がっちりと抱きしめられているから上半身は動かすことができない。揺れる腰に、ぐり、と彼の固くなった熱いモノに当たってびくりとする。

「誘ってるの? でもまだここだよ」

そう言ってひたすら乳首を愛撫される。何度も何度もそこをいじられているうちに、中がきゅんきゅんと疼いてきてしまい、新開はシーツにこすりつけるように頭を振った。

ちょうど尻のあたりに川村のモノが当たっているのもあり、つい次を考えてしまう。暴れるのを抑えるように、かぷり、と首筋に噛み付かれる。

「ひぃっ、ら、めっ、やっ、あ、やっ……!」

力が全部抜けてしまって、抵抗もなにもできなくなる。かぷかぷと何度もうなじを甘噛みされ、新開は甘い声を上げるしかなくなった。甘い快楽に、川村のモノに擦り付けるように腰を揺らしてしまうのが止められない。後ろから、小さく息を呑む声が聞こえた。

「もう、こっちに欲しいの?」

延々胸を弄っていた手がようやく離される。その手が新開の尻を撫で、それからぐりぐりとすでに欲しくて堪らなくなっている場所を抉る。

「ふっぅん、んっ、欲しい……です」

恥ずかしくてしかたないのに、むしろ尻を突き出すようにしてしまう自分の体が憎らしい。そんなこと言うつもりがなかったのに、口は勝手に次をねだっている。耳元でからかうような笑い声が聞こえ、体温が二度くらい上昇した気がした。

「おっぱいされて中に欲しがるなんて、やっぱり女の子だね。なんならそれ以上に感じちゃってる?」

耳元で囁かれ、やだやだと首を振る。

「んー、でも、今から中でいっぱい感じてるようにして、僕を受け止める女の子にして、って言ってるんだよね?」

そんなんじゃない、そう言い返したいのに、耳元で囁かれるたびに、少しずつ刷り込まれていく。違う、僕は男なのに、そういう思いよりも先に、彼のことを受け入れてしまいたい気持ちが勝っていく。

そうしている間も、彼の手はズボンの中に手を入れて、太ももを撫でている。直接的な気持ちよさではないが、じわじわと下半身に熱が集まっていく。女の子と違って骨ばって柔らかさのないそこに触れても全く楽しくないだろうに、と思う。その手が付け根をくすぐり、トントンと入口を叩いた。

「ここ、こんな風にひくひくさせて、それでも僕のための女の子じゃないの?」

「……んんっ……あ、ぁ、女の子、じゃ……」

あれ、でも、女の子になったら、甘やかして可愛がってもらえるのかな、と浮かされた頭で思う。ちゅぅ、とまた首筋を吸われ、悲鳴を上げた。

「う、ふっ……ぅ、あ、も、入れ、入れてください……僕、あ、もう、女の子で、いいからぁ」

いいよ、というように後頭部に優しくキスをされる。下着ごと脱がされると、すでにガチガチになったそこが引っかかり、ねっとりと下着と糸を引いた。

「あぁ、ぐっちゃぐちゃに濡らしちゃって。下着に染みができちゃってる」

ほら、と目の前で晒されて新開は顔を逸らした。

「グレーの下着やめてもさ、こんなにベトベトにしちゃったら一緒じゃない? まぁ、確かに毎回こんな風に濡らしちゃうのわかってたらシミが目立つのなんて履けないか」

すっかり見透かされていた。一度それを揶揄されてから、彼といるときにグレーの下着を付けるのは避けていたのに、と恥ずかしくなる。

「恥ずか、しいです……」

顔を腕で隠すと、

「可愛い。でも女の子だからココは要らないよね? 精液は出せないよ」

つぅ、と、先走りでベトベトのモノが撫でられ、悲鳴を上げる。

「ゃあ、ぇ、そん、な」

気を取られているうちに、四つん這いに体勢を変えられる。全部彼の視線に晒されているその体勢は嫌だったが、嫌がって体勢を変えようとするとぴしゃりと尻を叩かれ、上半身をシーツに押さえ込まれてしまった。あまり抵抗するとまたいつもみたいに意地悪をされてしまいそうで、シーツを握り締めて羞恥心に耐える。

むき出しになっているそこにローションをかけられ、冷たさに体が震える。滑りを借りて、ぬるり、と川村の指が中に潜り込んだ。浅いところをくぷくぷとゆっくり出し入れされる。

「あんっ、ぅ」

「中だけで十分気持ちよくなれるでしょ」

久しぶりの感覚に、新開は喘いだ。どうしたって指が入ってくる圧迫感はあるが、そんなものはすぐに快楽に上塗りされて分からなくなる。それどころか、あっという間にもっと奥へ、もっと一杯、と甘えるように粘膜が指に絡みつく。きゅうきゅうと指を食いしめてしまっているのが自分でも分かってしまい、必死に力を抜こうとするが意思と反して中が蠢く。

「うん、いいこだね」

少しずつ中を解され、前立腺を練られて、何度も入れてくれと懇願するハメになるまで散々慣らされた。いつもなら何度もイかされてるはずなのに、本当に女の子になってしまったように、一度も射精ができず、気持ちがいいのに苦しくて辛かった。久しぶりだから、なんて心配も全く意味を成さないほどぐずぐずにされ、完全に脱力した状況で抱き上げられる。

ほとんど力が入らない腕を川村の首にかけさせられ、緩く絡めた。その状況で、とろとろと溶けたそこに、彼の熱いものが押し当てられる。思わず息を飲んでしまう。きゅっと力が入って締まってしまったそこを、なんとか緩めようと息を吐く。早く、今すぐにでも挿入れて欲しかった。

「今挿入れたら、それだけでトんじゃいそうだね」

ぼそり、と耳元で囁かれ、どきりとする。今既にこんなに感じてるのに、これ以上なんて、と、後先考えずに強請っていた自分に気づくがその時には既に遅い。ぐっと川村に腰を引き落とされ、新開は声にならない悲鳴を上げた。ぐり、と前立腺を擦り上げ、川村の顔に似合わずえげつないサイズをしたものが新開の内壁をすりあげた。

「ひぃっ…………! あ、あっん……や、やっ、ら、めぇ……っ、や、やぁ、やだぁ」

呂律が回らず、ひたすら川村の体に縋り付くことしかできない。ゆさゆさと揺さぶられると、不安定な体勢を保つために、必死で川村の体に抱きつく。感じすぎて何もよくわからなくなり、嫌だ嫌だと繰り返していると、川村がぴたりと動きを止めた。

「嫌ならやめようか?」

「ふぇっ」

川村が動くのをやめると、きゅんきゅんと中に入っているのを締め付けてしまい、彼の形を感じてしまう。ずるずると彼が中の物を抜いていく。

「ひ、ぁ、あっ」

ゆっくり、ゆっくりと抜けていく感覚。抜けきってしまうのを引き止めるように粘膜が引きずり出されるような感覚に泣きたくなる。きゅっとまた締め付けてしまい、それにひっかかるようにして彼のものが抜け落ち、声を上げた。

「う、ぁ……っ…………ん、んっ……」

中が熱い、熟れた粘膜がどくどくと脈打っている。

「……あ、なんでぇ……」

「だってされたくないんでしょ?」

ぎゅぅっと彼の体に抱きつく。体の奥が疼いてしかたない。川村に抱かれると苦しいのに、放り出されると止まらない疼きに、喘ぐ。

「……意地悪、んぐっ、っふ……、意地悪しな、でおねがいっいれて、いれてくださっ……」

「はいはい」

ずぷり、と抜かれたものがまた再び奥まで埋められる。強すぎる快楽に涙を流しながら抱きつくと、耳元で名前を呼ばれる。

「あっ、あ、川、村くぅん」

「ん、可愛いね」

いつもより甘ったるい声。暴力的なまでの快楽を与えながらも、彼の手は頭を撫でたり、背中を撫でたりと優しい。その感触が気持ちよくて甘えるように頬を摺り寄せた。

「女の子のあなたは一杯甘やかしてあげるね」

本当に甘やかすように優しい手つきで愛撫をされて、体は苦しいのに心はとろとろと溶けていく。

「きもち、あっ、あっ、んぅう」

キスをされ、舌を絡められるともう何もできなくなって、くったりと彼に体を預けた。散々体がはねて、快楽に怯えるのを超えて、ふわふわと気持ちよくなる。口さみしさにはむはむと目の前にあった川村の首を甘噛みすると、更に激しく突き上げられ、悲鳴を上げた。

「んっ、あ、っあーっ」

もっとぎゅっとして、キスして、名前を呼んで、何をねだったのかよくわからないし、何を口走っているのかもよくわからなかったが、川村がしてくれることが全部気持ちがよくてただ意味のない言葉を発していた。その後再び快楽の海に突き落とされ、悲鳴を上げる新開を川村は何度も揺さぶり、新開は自分が何度イかされたのかわからなくなり、いつの間にか意識が落ちていた。

 

 

明るい光がガーテンから差し込んでいた。その光に、新開はまぶたを震わす。目を開ければ、見慣れた天井。聞こえるのは、換気扇の音と、車や電車の音。

「あー……」

声が出ない、と思いながら新開は起き上がった。ぎしぎしと体の節々が痛む。結局、いつ意識を失ったのか覚えていなかった。体をほぐしながら横を見ると、隣にはすやすやと天使の寝顔をしている川村がいる。

「なんだかんだ言って……」

体は綺麗になっているし、シーツも新しいものに取り替えられている。面倒臭い、だるいが口癖で、冷たく見える彼だが、怖い、と思うことは減った気がする。

なんとなく、その顔を隠す少し長い前髪を避けた。長いまつげがふるりと揺れる。

「前に好きって言ってもらったの、いつでしたっけ」

彼の声が蘇る。たった二文字の言葉が、これほど胸を震わすものだということを、知らなかったのか、忘れていたのか。とろとろとした夢の続きのような気持ちを抱えながら、新開は少しだけ口元を緩めた。

bottom of page