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君と僕との懲りない生き方

 

 

 

「天河、お前煙草なんて吸ったっけ?」

「ん?」

 川村は火をつけた煙草を弄びながら、声をかけてきた兄の方を見た。彼は川村の手元に視線をやる。

「しかもそんな女好きしそうな煙草吸うタイプだとは思わなかった」

「い、いや、これは……供養、み、みたいなもんかな」

「線香じゃあるまいに。で、何の?」

 兄の大地がくすりと笑って尋ねる。

「僕の恋。とりあえずもう要らないから大ちゃんあとあげる」

 その香りを思い出すために一本だけ燃やした。あとは箱も中身も要らない。そもそも川村は煙草を吸わない。残りの煙草を兄に押し付けると、彼は受け取ったそばから口に咥えている。

「なら貰うけど。俺もこういうメントール系のスリム結構好きだし」

 カチカチとライターをつけている。ふっと既視感を覚える。彼の身長はちょうど兄と同じ程だった。けれどやはり違う。こんなにすっと背筋を伸ばして立っていないし、吸い方だってもっと気だるげだ。やはり全然違うものだな、と川村は視線を逸らした。

「で、またお前は失敗したの?」

 ふぅ、と煙草の煙を吐き出して大地が尋ねる。彼は川村が失敗したあの事件の真相を知る数少ない人間だった。そして、川村の性癖も。

「壊れちゃいそうだから、や、やめた」

「言わなくてよかったのか?」

 大地は苦笑いをする。

「いいんだ。彼の中に十分傷はつけたでしょ。あ、あの人もう僕のこと忘れることはないもん、満足。僕は早いとこ忘れて次の恋でも探すよ」

 そう言って川村は肩をすくめた。大地は携帯灰皿に灰を落とすと、川村の前に座る。

「どんな人だったんだ?」

「大ちゃんの好みな人。と、年上で、影があって必死で自分を保って立ってるんだけど、弱さが垣間見えるの」

「めっちゃ好み。でもそういうタイプ、お前なら落とすの自体は簡単だろ? ちゃんと優しくして支えてあげたらいいのに」

 なんの疑いもなく尋ねる兄は、正直ブラコンなんじゃないだろうかと川村は思いながらも答えた。

「そ、それで落としたって、付き合ってくうちに、ぼ、僕に振り回されて傷ついてくだけでしょ」

 もう自殺はごめんだね、と川村は溜息を吐く。吸い終わった煙草を灰皿に放り込み、大地は苦笑いをした。

「お前の恋は特殊すぎて叶う気がしないよ」

「不本意ながら、同意見」

 

 

 新開が違和感を覚えたのは川村が来なくなって一月程たった頃だった。正確には、もっと早いうちから小さな変化はあったのだが、自覚をしたのはそこまでたった後だった。

 見上げても電気のついていない家にほっとすることもない。静かな部屋に踏み込んだ時はすかっと足元に浮遊感を感じる。自分で作った料理が妙に味気ない。シャワーを浴びてもただ泥のような疲れを覚えるだけ。潜り込んだ布団は妙に冷たい。ほとんど処理のように自慰行為をしたところでモヤモヤとしたものが残る。眠ったところで疲れが取れない。

「あの……新開さん」

「何んですかぁ? あぁ、この書類。まあ、私がやっとくんでそっち置いといてくださいねぇー」

 仕事を増やした。元々それ程人付き合いが多い訳じゃない。付き合いだってない。書類を受け取ると、相手はそそくさと新開に背を向ける。ちらちらと視線を感じる。どうせ嫌味だなんだと言っているのだろう。仕事だけできて人間関係のできないやつだと嘲笑っているのだ。

「新開さん、今夜飲みに行くんですけど」

「すみません、体調が悪いんでぇ」

 嘘だ。でも会社の同僚と飲みに行くのは嫌いなのだ。元々酒は強い方じゃなく、すぐに気持ち悪くなってしまうのに、気を使ってばかりで疲れる。

 仕事をした。ただひたすらに仕事をした。それくらいしかなかった。特に趣味らしい趣味もない。交友関係もない。恋人だっていつ以来いないだろう。

 立ち上がったらめまいがした。

「新開さん、顔色悪いですよ」

「大丈夫」

 疲れ果てて、泥のように眠るまで仕事をして、部屋に帰って、眠る。ただそれだけの一日。

 目がシパシパする。ドライアイだ。あとで目薬を刺さなくちゃ、そう思っているときにドン、と体が人とぶつかる。あ、と思った。片目が見えない。

「コンタクト……」

 慌てて地面に這いつくばる。どこだ。どこに落とした。新開の目は悪すぎて、コンタクトを失うと人の顔を判別することすらできない。地面を両手を使って探る。

「どこですか」

 見つかるまでの時間が長ければ長い程焦る。あった、とおもって手を伸ばす。コンタクトを拾い上げて立ち上がる。人の視線を感じてぞっとした。

 何が、という訳ではない。ただ、なんとなくその視線が自分を馬鹿にしているようで怖い。逃げるようにしてコンタクトを洗うために逃げ出した。

 家に帰る頃にはすっかり憔悴してしまっていた。風呂にさっさと入って、食事をする。ぼんやりとテレビを見ていると、ふっと視界の端に川村の置いていった音楽プレイヤー。

 意味もなくそれを耳にはめて、音を聞く。シャッフルプレイになっているのだろう。かかったのは重低音が美しいオペラ。

「……そういえば、川村君の声って……」

 どちらかといえば可愛らしい童顔、それに似合わない重低音ボイス。川村の口が耳に当てられて、腰に響く声で新開の名前を呼ぶ。彼の声を思い出して新開はゾクリと体を震わせた。

 音楽プレイヤーの電源を切って放り出す。性急に自分の物をしごきながら、彼の指を思い出す。記憶だけじゃ足りない。彼の指が耳を撫でて、頭の後ろを触って、それで。

『清史郎』

「っ……!」

 左手にねっとりと自分が吐き出したものが絡む。何をしているんだろうか、と虚しく思いながら手を洗った。頭の中で警鐘が鳴る。考えてはいけない。今、自分の感情を考えてはいけない。それは、長い間一人で生きてきた新開の生きる術。

 何も考えない。何も気づかない。何も感じない。ただ、全て見て見ぬふりをして強く生きる。それには自分の弱さに全て蓋をする必要があった。弱くなるものは全て見えないところに置く必要があった。

「……寂しい」

 ずっと昔から、一人は寂しかった。

 

 

 川村はリュックサックを背負い直した。ゲームセンターにでも寄って帰ろうか真っ直ぐ帰ろうか悩む。けれど、視線を感じて振り返る。

あれで隠れているつもりなのだろうか、川村は溜息を吐いて踵を返した。ツカツカとその人の前に歩み寄る。明らかに彼は慌てた様子を醸し出していた。

「新開さん、な、何か用ですか? 僕のこと記事にする気にでも? さ、最近ずっといますけど、なんなんですか?」

 そう言うと、彼はバイクのヘルメットを外した。視線はそらされ、俯いていてこちらを見ようとしていない。ただ、その顔は苦しそうに歪んでいた。

 川村は舌打ちをしたい気分になった。そもそも、川村は彼に声を×気などなかったのだ。一度手放した物に懲りずに手を伸ばし続ける程バカじゃない。

 けれど、彼はどういうつもりかまた現れた。川村が手を離してから半年程がたった頃だった。時々、見知ったバイクが視界をちらつくな、とは思っていた。だが、明らかに彼は川村を追っていた。でも何をするでもなく少し遠くから見ているだけなのだ。ついてくることもしない。ただそこにいることを確認しているような。

「僕に復讐でもしたいんですか?」

 弱みでも見つけたいのかと思って尋ねる。そうすると新開は慌てたような顔をして川村を見る。

「違、っ、ただ、あの、あなたが、僕の家に忘れ物を……」

 そういえば、と川村は思い出す。音楽プレイヤーを彼の家に置き忘れていた気がする。それでもあんなこと言って出てきた手前、取りに行く訳にもいかない。もういいや、と思っていたのだ。

「わざわざありがとうございます。別に新しいのをもう買ってるんで捨ててください」

 どうせもう顔も見たくないだろ、と背中を向けると腕を掴まれた。何なんだ、と振り返ると、彼の顔がはっきりとこちらを見ていた。

「川村、くん」

 元々隈は酷いし、疲れた顔をしていたし、顔色だって悪かった。けれど。

「あんた、なんて顔してるんですか」

 目がつらいのかぐしゃぐしゃに細められた目つきの悪い瞳、ぎゅっと寄せられた眉、以前より更にくっきりと浮き出た隈。目元が赤いのは睡眠不足か、それとも泣いたのか。歪な笑みを浮かべた口元。顔色はほとんど土気色で、少し頬もこけた気がする。手を振り払ったらそのまま倒れてしまいそうだった。

「……それで、僕の音楽プレイヤーは……?」

「忘れちゃった、から、うちに取りに、きてくれませんか」

 その声は震えていてたどたどしくて、聞いただけで嘘だと分かった。ただ、川村は頷くことしか出来なかった。

「……分かりました。僕は電車で行くから、新開さん、帰りに事故らないでくださいよ」

 そう言うと新開の顔が少しだけ緩んだ。

 

 

 新開は、震える手で鍵を開けた。ドアを引いて川村を家にあげる。スーツの上着を脱いで、それから紅茶を淹れる。

「紅茶でいいですか」

「いいけど……」

 何か言いたげな川村を無視してお湯を沸かし、紅茶を用意する。息が浅くなる。ばくばくと胸が鳴った。川村の顔がまともに見られなかった。ティーバックの紅茶を入れてカップを二つ机に並べる。

 こんな光景ももう全然見ていない。久しぶりだった。

「最近はどう」

「ふ、普通です」

 なんでこんな会話。

「新開さん、ところで」

「あの、川村君、あんなの聞くんだね、もっと若い子が聞くようなの聞いてるのかと思ってた」

「い、いや、だからね……」

 なんでもないようなことを珍しくベラベラと話す。本題に入りたくなかった。ほとんど新開が一人で話している状況で、川村は呆れたようにこちらを見ている。冷めた目が、怖かった。ぐっと言葉が詰まる。

「……ね、新開さん、あなた何がしたいんですか」

 ゆったりとした低音。

「あ、あれだけ色々した僕を、家にあげるなんて馬鹿なんじゃないですか」

 彼の口調は以前のような砕けたものじゃなく、一応敬語に変わっている。それが寂しい。なんとか言葉を出そうと紅茶を口に含む。カラカラに乾いた口はそんなものじゃ全く意味を成さない。

「だって」

「だって?」

「支えてもらえなんて、言われても、わかんなくて」

 分からない、じゃない。出来ないのだ。知らないし、どうしたらいいのか分からなかった。新開は、一人でずっと生きてきてしまったから。支えて貰う相手なんていないことは、本当はずっと分かっていた。それを、はじめて辛いと自覚してしまった。

「君が、思わせぶりなこと言うから、君が、僕をからかうから……」

「僕は貴方を玩具にしたことはありますけど、からかったことはないですよ」

 飄々と答える川村に、新開は泣きそうになった。どれほど新開が乱されたところで、彼にとっては玩具に過ぎないのだ。川村は新開などどうでもよくて、きっと新開一人がいなくなったところで新しい未来が待っている。でも、寂しいと、苦しいと思ったとき新開の思い浮かぶ相手はもはや一人しかいなくて。

「……あなたが、あんな風にしたから」

 助けて、声にならない叫びが心にこだます。

「僕のせいにしないでください。今僕に手を伸ばしてるのは貴方の意志だ」

 ぎゅっと腕を掴まれ、新開は俯いた顔を上げた。彼の澄んだ瞳が新開を映す。

「だって、だって……こんなに踏み込んで来たの、貴方しかいないんです」

 居なくなって、眠れなくなった。自分を犯した相手なのに、とのたうち回った。玩具としか感じていない相手に会うのは怖かった。会っても、自分より十以上年下の相手がもう一度自分とまともに話をしてくれるのだろうかと不安だった。

「酷いことばっかりするのに、優しく、されて、よくわからなくなって、毎日上手くいかなくて苦しかったのに、居なくなって、また、っふっ……」

 視界が歪む。涙を堪えるせいで声が出ない。川村はじっと新開を見ていた。その口がゆっくりと開く。拒絶しないで。怖い。怖い。涙がこみ上げてくるのは、ドライアイのせいだ。

「あなた、馬鹿だなぁ」

 困ったような笑みと共に頬を撫でられる。

「私にはあなたの真意が読めない、からかっているならやめてください……」

 優しくしないで、勘違いする。知らず知らずのうちに口元にやった手の甲を噛んでいた。その手を嗜めるように川村に取られる。そういう優しさが、徐々に新開を壊していく。

「だから、からかってないよ。ね、新開さん、あなた僕にずっと虐められてて勘違いしてるだけだよ」

 ストックホルム症候群みたいに、そう言って川村は笑った。

「貴方はね、僕じゃなくてもいいの。貴方を知ってくれて、優しくしてくれるなら誰だってよかったの」

「じゃあ、じゃあ僕は……」

 誰に縋ればいいの。とうとう涙腺が決壊した。ぼたぼたと落ちる涙を開いたほうの手で擦って拭うが拭う端からまた濡れていく。ぐいぐいと服の袖で擦るから、目の縁が痛いがそれでも三十路の涙を見られるよりマシだ。

「かわ、む、ら、ぐんしか、いないよぉ……」

「んっとに懲りない人だな、あんた」

 ぐんっと手を引かれる。倒れた体を一回り小さい体に受け止められる。そこには確かに他人の体温。冷たい手が新開の手を避けて目元をそっと撫でていく。火照った目元がピリピリと痛い。

「僕、今まで通りだし、優しくなんかしてやれないし、気遣ってもやらないし、意地悪だってするよ」

 いいんだね、と念を押されて新開はこくこくと頷く。それでもいい、拒絶され、再び突き放されたくない一心でその体に縋り付く。

「オーケー、なら人と同じ愛し方はしてあげられないけど、あなたが僕のモノである限りは可愛がってあげるよ」

 その言葉と共にぐっとベッドの上に持ち上げられる。あの小さな体のどこにそんな力があるのだろう、と思うが抱き上げる体の芯にはしっかりと筋肉がある。

「後悔しても知らないよ」

 その言葉と共に腕に収められる。何が来るか身を固めるが、降ってきたのはいつもの意地悪な言葉じゃなくて、優しいキス。新開は目を瞬かせて川村を見た。目尻からまた一筋涙が溢れた。

「いい子にしといで。今日くらいは優しくしてあげるから」

 ちゅ、と音と共に涙を唇で拭われる。え、え、と現状を分からずにいる間に手早く服を剥ぎ取られる。あっという間に彼の前で生まれたままの姿を晒され、新開は羞恥心から顔を逸らし、目を閉じた。そんな新開をあやすように顎に軽く手を添え、川村がキスをする。

「新開さん、口開けて」

 言われるがままに口を開くと、川村の舌がぬるりと新開の口内に侵入してきた。柔らかい舌が口蓋を舐め、歯茎をなぞる。その感触にぞくぞくと快楽が背筋を駆け上る。

「ん、ふ、ぅっ」

「貴方快楽に慣れてないよね。開発しがいがある」

 そう言いながら彼は新開の指先にキスをした。それだけで新開は堪らなくなるのに、彼はその指先に舌を伸ばし、ぬるりと舐めとった。

「ふぁああっ」

 いつもなら新開の醜態を茶化しているであろう彼は、ただただ新開の指先を唇でなぞり、撫でていくのに没頭していた。ちゅ、ちゅ、と唇が新開の肌をなぞっていく。その間も空いている手はあちこちに這わされ、まるで愛されているところがないように愛撫される。

「ん、ふ、ぅっ」

 気持ちいい。まるで彼に愛されている姫か何かのように可愛がられて、ぞくぞくと背中を伝っていく電流。川村の唇が余すとこなく新開をなぞる。

「や、ぁあっ」

 恥ずかしい。でもそれ以上に、愛されているのが気持ちいい。冷たい指先がなぞる軌跡が、柔らかい唇が触れる場所が、気持ちいい。

「川村、く、ん」

「なぁに、新開さん」

 彼の舌がぺろりと乳首を弾き、新開は体を仰け反らせた。どれだけ、情けない声をあげても、今日の川村は意地悪なことを言ったりしない。空いている手を添わせるように川村の頭に手をかけた。

「ここ、もっとされたい?」

「ん、っ、して、もっと、されたっ、してください」

 いいよ、と珍しくすんなりと川村が受け入れる。ちゅう、と乳首を吸い上げて、逆側をカリカリと爪で掻く。甘い声を上げながら新開は体をひねった。それもいつもみたいに咎められたりしない。気持ちよさが一周回って辛くなってくるとぴたりと彼の動きが止まり、別のところに触れる。今度は足先から唇を這わされ、顕になった股間を隠した。

「気持ちいいことだけ感じておいて」

 本当に全身をくまなく愛されて、彼の唇と舌が這わされてないところなどないと思ったくらいにはゆっくりと丁寧に可愛がられた。

「んで……?」

 優しくされると怖い。不安に瞳を揺るがすと、額に甘いキスをされ、頭を撫でられる。

「なんで、ぇ……?」

「だって貴方、女の子みたいに優しく可愛がられるの好きでしょ」

 違う、と言えなかった。彼の指がぬぷり、と中に埋められる。

「んぁあっ」

「……? あれ、なんか思ってたより緩くない」

 その一言に、新開の頬に血が上る。きゅっと唇を噛んで黙る。

「……自分でしてたね? 久しぶりなのに根元までずっぽりいったよ。ここ、どうやって弄ったの?」

 新開は首を振った。恥ずかしすぎて言えない。自分の指じゃ我慢ができなくて、川村のサイズと見合うものをわざわざ探して自分でしていたなんて、恥ずかしすぎる。きっと全部言わされて、恥ずかしい姿を晒させられるのだ、と息を詰める。

「……まぁいいや、今度教えて」

 すっと引かれて拍子抜ける。川村の指が優しく優しく、無理や意地悪をしない程度に気持ちのいいところを撫であげる。新開はただ甘い声をあげる以外のことができなくなった。

「あっ、ぅ、あっ、や、きもち」

「うん、可愛いね」

 いいこ、と言いながら感じるところを責められ、新開は体を仰け反らせた。それもいつもと違い過ぎた快楽ではない。きちんと理性が残ったままで、愛しい、可愛いと大事にされるようなそんな愛撫がくすぐったい。

「かわむらく、ん」

「ん?」

「やだぁ、も、ほし……」

 恥も外聞もなく強請ると、川村はくすりと笑って新開をぐっと抱きしめた。

「いいよ、あげる」

 入口にひたりと添えられたそれが、ぐっと中に押し込まれる。けれど、痛みや圧迫感を感じないように揺らし、浅いところで抜き差しし、少しずつ、少しずつ埋められていく感触に新開は喘いだ。

「っ、あ、……入って、くる」

 気持ちよさと共に、ふっと頭によぎる。彼はなぜこんな風にしてくれるんだろう。不安に苛まれる。

「新開さん」

「ふぁっ」

「貴方は僕のモノなんでしょ」

 余計なことは考えないで、と囁かれ、新開はびくびくと体を振るわせた。川村はその様子にそっと微笑む。いつもみたいに激しい抽挿はない。ただ、ぎゅっと抱きしめられてゆるゆると揺すられる。それだけの行為だが、余裕なく新開は彼の体に足を絡めた。今までのどんな激しい行為よりも気持ちよかった。

「あぁっ、川村、君、もっと、もっとぉ」

「あんまり煽られると僕もしんどいんですけど」

 そう言いながらも川村は決して無茶はせず、ただ新開に快楽を与えることに専念した。

「あ、ぁ、も、イく」

「イッていいよ」

 頭を撫でられ、それだけで出してしまいそうなのをこらえ、ぎゅっと新開は川村の体に抱きついた。

「一緒、いっしょが、い」

「どこで覚えてくるの、そういうの」

 川村の動きが早くなり、新開は一段と高い声で喘いだ。耐えられず新開が達し、その後で川村が中に欲望を吐き出した。その熱が新開にとっては嬉しくてたまらなかった。

 ずるり、と中から川村のものが抜けていく。その感触を寂しくすら思う。

「あっ……」

 情けない声に気づいた川村に頭を撫でられる。そのまま、コンドームを処理した彼の腕に抱き込まれ、新開は目をぱちくりとした。

「……川村、君?」

「寝れるなら寝ておきなよ。一緒に寝てあげるから」

 ね、と頭を撫でられる。それほど眠くなかったはずなのにとろとろと眠気がやってくる。

 彼が子守唄のように何か音楽を口ずさむ。その低い声を聞きながら、彼は案外歌が上手いことに気がついた。新開は、川村のことなど何も知らないのだ。

「かわむ、ら、くん」

「んー?」

「……そば……い……て」

 川村の腕の中で、ほとんど朦朧としながら新開は眠りに落ちた。久しぶりの深い睡眠だった。

 

 

 川村は、寝ぼけた新開を抱きながらその頭を撫でていた。おそらく彼の意識はほとんど夢の中だろう。けれど、川村が新開を撫でる手に、彼が擦り寄るようにして頭を擦りつける姿が可愛らしくてどうにもやめられないでいた。

「……清史郎さん」

 そっと彼の名前を呼びながら頬を撫でる。瞳は完全に閉じてしまっていたが、彼の顔はとろりとしたまま、とろけるような笑みを浮かべた。

「……僕も、懲りないなぁ」

 面倒臭い相手を好きになったものだ、と川村は苦笑いをした。彼のその甘い笑顔は今までのどんな表情よりも、誰よりも可愛らしく見えた。

 

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