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君と僕との懲りない生き方

 

 

 

 

「嫌だなぁ」

 金曜日は、他の曜日に比べて格段に川村が来る率が高い。だから新開は金曜日に家に帰るのが最近は億劫だった。とはいえ、帰らない訳にもいかないし、そもそも新開は家が好きだ。一番落ち着く。

 家のエレベーターだけは未だになんとなく落ち着かなくて元気なときはできるだけ階段で上がっている。

「……今日は特に会いたくない」

 最近、仕事がうまくいかない。疲れが抜けなくて、新しいネタを掴んで来ることができない。変なヘマをする。川村に抱かれているせいで下手に体を武器にするのもなんとなくそれを思い出してしまって出来ない。ミスが増えた。人間関係は相変わらずしんどい。

 この前酔っぱらいすぎて、会社の人間に謝って回った。こんなミスをしたのも久しぶりだ。穏やかな日々が少しずつ壊れていく。三十一年間かけて、どうにか確保した平和が崩れていく。

「会いたくないな」

 彼に抱かれるのは嫌だ。人として尊厳を踏みにじられる気がする。今まで保っていた自分が崩れる気がする。男であるのに女のように喘がされ、みっともなく彼のものを強請らされる。泣いても喚いても許してもらえず、ただ彼の与える快楽に溺れることしかできない。怖くて堪らないのに、なすすべなく屈服させられてまるで自分が欲しがっているかのように錯覚させられる。

「もう疲れた」

 会いたくない。そう思いながらドアを開ける。自分が履かないスニーカーが玄関にある。やっぱり、と回れ右したい気持ちで一杯になる。

ドアを開けた音が聞こえたのだろう、中からおかえり、という声が聞こえてきた。

「……ただいま」

 渋々返事をして中に入る。川村がいつものように音楽を聞きながらぼんやりとしていた。彼はなんでわざわざ新開のもとにやってくるのかわからない。

 十以上上の男のもとに、セックスをしにやってくる。場合によってはセックスすらしない。なんでかわからない。

「君、本当に友達いるの……? 僕はそれが心配なんですけど……」

 そんな風に言うと、彼はこちらも見ずに答えた。

「あんだけ僕の周り嗅ぎまわってたんだし、知ってるでしょ、僕友達ちゃんといるよ」

 それは分かっている。しかし、それにしても彼はずっとここにいるものだから、おかしな錯覚をしてしまう。彼のことなんて興味もないし何も知らないけれど。

「……ご飯、食べました?」

「食べたよ」

 よかった、と思う。今日はなんとなく外で食べてきたのだ。ここで食べてない、と言われて機嫌を損なわれるのも嫌だ。まぁ、こうやって尋ねて彼が食べていなかったことはないけれども。

「そう、僕ももう食べてきたので」

 スーツを脱いで、風呂に入る。新しい下着と襟付きのパジャマを脱衣所に置いておく。シャワーを浴びる瞬間は割と好きだ。頭を空っぽにできるし、水とともに全部流れていってくれる気がする。

 隣の部屋に誰がいようと、完全に個人の空間。気持ちがいい。床を叩く水音とともに体に湯が伝っていく。すぅ、と目を閉じた。久しぶりに湯に浸かりたくなって、湯船を溜めた。その間に体を洗う。風呂場は湿度でドライアイも辛くない。一日のうち寝ている時間と同等な程度には好きな時間だった。

 体を洗ったり髪を洗ったりしているうちに、浸かれる程度にお湯が溜まってくる。ふぅ、とシャワーで泡を流してお湯に浸かった。湯に浸かると一気に疲れを感じる。血行がよくなりぽかぽかと手足が温まると、あちこちが重たく感じる。

「眠ったい……」

 そういえば、最近の睡眠時間はどうだっただろうか、あまり良く覚えていない。相変わらずのドライアイが悪化の一途を辿っている気がする。目の下のクマもひどいことになっているだろう。クマ自体はいつものことすぎてもはやちゃんと鏡を見ていない。

 ふぅ、と目を閉じる。ぐっと眠気が襲ってくるが、少しだけ、少しだけ、とお湯に浸かりながら思った。

 

 

 パシャパシャと音がする。ぺちぺちと頬を叩かれて目を開ける。

「あんたそのうち死ぬよ」

 目の前には憎らしい顔。風呂に浸かりすぎていたのか、若干湯の温度が下がっている。小さく身震いして、お湯を出す。

「寝てたんですね……」

「風呂で寝るのは危ないよ」

 そう言いながら川村は風呂場を出ていった。はあ、と溜息を吐いて天井を見上げる。水滴がぽたりと垂れた。ガチャン、と音がして、新開は音のした方へと顔を向けた。先ほど出ていった川村が服を脱いで戻ってきた。

「は?」

「たまにはこういうのもいいでしょ」

 体はまだ成長仕切らない少年のものだが、股間にぶら下がっているものはまさしく凶器だ。目の前に晒されたそれを直に見てしまい、新開はうっと息を詰めた。

「風呂の中……はちょっとしんどいか、あがってきて」

 嫌な予感しかしない、と思いながらも新開は言われるがままに湯船からあがる。言うとおりにしなければもっとひどい目に遭うのはわかっていた。彼の右手には、男なら一度はみたことのあるような透明な容器が握られている。

「ここ座って」

 手招きされるがままに、彼の足の間に座る。川村の両手が新開を抱き込むようクロスされる。その手はぬとぬととした感触がして、いつもとは全く違う感触で肌を滑った。

「うあっ」

「ローションってさ、風呂以外で使うと片付け大変でしょ」

 そう言いながらも彼はベトベトになった手をぬるりぬるりと肌に這わせていく。いつもとは違う刺激が気持ちいい。指で触られているのに、舌で舐められているような粘性。逃げようと体を捩るが、後ろから抱きとめられているせいでそれも適わない。

 それどころか、足を広げさせられてそこに川村の足が上から押さえつけるように絡められてしまった。

「ちょ……!」

「何、今更恥ずかしい?」

 川村の指先が胸の先を掠める。ぬるんと指が外れ、体が揺れた。何度か繰り返されると、乳首が固くなってきて、更にぬるぬると擦られやすくなってしまう。クロスした両手に乳首を弾かれる度に、下半身にビリビリとしびれのようなものが伝わっていく。目の前で徐々に自分が兆していくのを見たくなくてきつく目を瞑った。

「ん、やっ……」

「ローション気持ちいいでしょ」

 囁く彼の吐息が新開耳にかかり、また震える。耐えるためにうっかり川村の腕に爪を立ててしまった。小さく呻く声。

「あ、ごめ……」

「いいよ」

 ちゅぅ、と後ろから首筋を吸われ、体から力が抜けた。彼の手が腹を降り、太ももを撫でる。ぞくぞくと快楽が熱になり中心に集まってきた。

「ふ、ぁ」

「女の子みたいな声出ちゃってる」

 そう揶揄されて口を閉じようとした途端、お見通しとばかりに耳を甘噛みされ、また声を上げるはめになる。川村の全身で押さえつけられ、新開は快楽を受け止める以外なかった。

「まだ乳首と太ももだけだよ。こんなになっちゃってるけど」

 つぅ、と指で勃ち上がったものを撫でられ、新開は悲鳴をあげた。ぬるつく指を絡められるといつも以上に敏感に感じてびくびくと勝手に体がしなる。

「暴れないで」

 余計にきつく抱きとめられ、新開はくぅん、と鼻を鳴らした。ぐっと足を広げられたままで手を上下に動かされるのはすごく羞恥心を煽られて辛かった。震える足を閉じようとしたところでがっちりと川村に固定されている。

「足、広げないで、くださっ……」

「だめ、ちゃんと見せて」

 耳元で囁かれてしまうと途端に体の力が抜ける。川村の胸に体を預け、必死で快楽をやりすごす。川村が欲望の中心をしごきあげる度にきゅぅっとつま先が丸まった。片手は幹を支え、もう片方で先端を円を描くようにくるくると掌で擦られる。

「あっ、ぁ、や、ああっ」

 ものすごい快楽を覚えるのに、イくことができない。敏感なところをぬるついた手でいじめられるのが苦しくて、思わず新開は川村にしがみついた。しかし、彼の手はそんな新開を無視して無情に動かされる。

「ふ、ぁ、あ、っん、っくぅ、ん」

 腰がびくびくとして体勢を保っていられない。完全に川村に体重をかけた状態だが、彼はしれっとした顔をして新開を抱きとめている。

「はげ、しっ」

 ぬちゅぬちゅと激しく敏感な亀頭をこすられて悲鳴をあげる。

「ならゆっくりしてあげるね」

 ひたり、と手が止まり、ふっと体の力が抜けたのも束の間、べったりと掌が亀頭を包んだまま、いっそ焦らすかのようにゆっくりと、動き出す。ぐぅっと快楽が押し寄せてくる。耐えられない。大きく体が跳ねる。

「ふああああっ! だめ、ゆっくり、だめっ、やっ」

「わがままだなぁ」

「イく、イっちゃ……あぁっ!」

 イっちゃダメだ、と思うが、高まった体は止まらない。新開の体が大きく跳ねる。出せずにイッたせいで、体は高ぶったままだ。その直後、川村の手がスピードをあげる。

「や、らあ、あっや、やぁっ!」

「嫌、ねぇ? これ、ローションのべとべとだけ?」

 精液を出せないままこれが来てしまうとダメだ。その後また虐められるのが分かっているのに、敏感になった体を再び責められる。亀頭をぐりぐりと撫で回されて全身が痙攣する。

「ひぃいいっ」

 一瞬萎えかけるのを竿をしごかれる。その分また亀頭をいじられたときが辛くて叫ぶ。

「外に響いちゃうよ」

「やだ、やだぁ」

 気づいてしまうと、喘ぎ声が風呂独特の反響をして耳を犯していくのに真っ赤になる。濡れた足がぴちゃりと床を擦った。延々と亀頭を虐めていた手が更に下がってきて、ローションで濡れた後孔に触れる。

「ひゃっ」

 しばらくそこを解される。ローションの滑りを借りて、揉み解している間もつるりと指先が浅く中に潜り込む。

「あぅっ」

「ちょっと可愛がりにくいから、後ろ向いて」

 風呂の淵に捕まらされ、腰を突き出させられる。川村の目の前に全てが晒されている状況に、一気に顔が熱くなる。そんなことを思っていられるのも束の間で、ローションをまとった指がずるりと中に忍び込み、新開はぎゅっと風呂の淵にしがみついた。

「っぁ、あっ」

「中ほんと、熱くてとろっとろ」

 中の感触を確かめるようにぬるぬると散漫な動きをしていた指が、意思を持って動き始める。新開は喉を仰け反らせた。彼の指は的確に新開が感じる場所を捉え、指の腹でくすぐり、時にごりごりと押し込み、増やした指でばらばらと予想できない動きで叩いた。

新開の理性が徐々に切り崩されていく。

「イきたっ、い、も、イきたいぃっ、イかせ、て、くださ、あっ」

 どうしたら新開がイけるか分かっているくせにギリギリで快楽を逸らしてくる川村に、新開は懇願した。最初は意地でも言うものかと思っていたセリフもスラスラと出てきてしまう自分が悔しく、惨めだ。いつも終わったあとにはそう思うのに、最中はそんなことを考える余裕もない。イきたい、イきたくない、欲しい、要らない、怖い、気持ちいい、辛い、ぐるぐると感覚だけの世界に放り込まれる。

「どうやってイきたいの?」

 もっと、奥に、もっと中に欲しい、指じゃ足りない、ひんひんと泣きながら懇願する。

「おねがいっいれて、いれてくださっ」

 こんな風に強請るのなんて嫌だ。そう思うのに。けれど川村はそう言えばぴたりと後孔に彼の熱を押し当てた。先っぽを少しだけ含まされるが、それじゃ足りない。全然足りない、早く、早く奥まできて、と泣きそうになる。規格外のソレを受け入れるのは苦しいと分かっているのに、焦らされた体は欲しい欲しいと涙を流す。

 傷をつけないように、動いているかいないかわからないくらいゆっくりゆっくりと中に進んでいく川村に、はっはと息を吐く。ぱちゅん、と奥まで入りきって、その圧迫感に呻く。

「うぅっ……」

「ね、新開さん」

 川村が覆いかぶさるようにして新開の耳元に口を寄せる。

「僕、動いてないんだ」

「へ」

 間の抜けた声が漏れる。

「そんなに欲しかったんだ」

 ざぁっと顔が青ざめた。引こうとした腰をしっかりと掴まれ阻まれる。

「ご希望に応えまして」

 川村が笑う声とともに、ガツン、とものすごい衝撃。かはっと息もできない程強く突き上げられ、新開はただただ風呂にしがみついてやり過ごすことしかできなかった。

 

 

 すっかり腰砕けで立てなくなった新開をシャワーで流し、ベッドまで川村が運ぶ。力が入らなすぎて、パジャマを着るのまで彼の手を借りたのが屈辱的だった。いつものようにベッドに放り込まれる。

「……もう、嫌だ」

 思わず口から漏れる。帰り支度をはじめていた川村が新開を見た。

「もう嫌です、貴方に振り回されるのも、一人の時間が削れるのも、誰かに気を使うのも、それなのに全部うまくいかなくて、全部全部嫌です」

「それで……?」

 川村がベッドの横に膝を付き、首をかしげた。

「これ以上僕を、振り回さないでください。なんなんですか、もっと色々あるでしょう、僕は、僕の生活があって、こうやってなんとかやっていて、僕だって、僕だって……」

 何を言おうとしているのか分からなくなる。支離滅裂だった。それでも、辛くて苦しくて、ただ叫んだ。何を言っていたのか分からなかったが、全部全部吐き出してしまうように彼を罵った。

 川村は、いつものように茶化したり揚げ足をとったりすることもせず、ただ黙って聞いていた。

「……新開さん、貴方、僕のこと腕なし事件の犯人だと思っていたでしょう」

 ふっと突然彼が口を開いた。

「……? 少し……そうじゃなくても関係があると」

「正解だよ」

 彼は淡々と言った。

「僕のね、恋人だった」

 腕なし事件の被害者は、男だった。驚きだった。

「僕のこと大好きでね、どうしても付き合ってくれっていうから付き合ったんだけど。僕もまぁ、一緒にいたら好きだなって思えてきたよね」

 ならなぜ、殺したんだ。痴情のもつれだろうか。色々な可能性が頭をよぎっていく。川村は少し目を伏せて言った。

「僕はね、彼の望む愛し方なんてできなかったから、まぁ伝わんなかったんだけどね」

 泣くかと思った。けれど真っ直ぐに新開を見つめる目はそんなウェットな感情はない。

「ピアノを弾く指が綺麗な人だったなぁ。本人にもそう言ってたからだね、あげる、って遺書に書いてあったよ」

 それが真相。川村は眉を下げて笑った。

「悲劇通り越して喜劇だよね。僕、はじめて死んだら所詮人もモノなんだなって思ったよ。血まみれの瓶に、あの人の綺麗な腕が入ってるの。可哀想だけどそのまま置いてきちゃった」

 淡々と話す口調は、いつもと同じで何の感情もなくすら聞こえる。新開は呆気に取られながらただ彼の話を聞くことしかできなかった。

「ね、新開さん、僕だって怖いもの一杯ありますよ。痛いのは嫌だし死にたくもない。警察に捕まりたくもないし、ヤバイやつらとは極力関わりたくない」

「それは、普通の人は嫌なんじゃ……」

 それに、今そんなことを言ってしまって、新開に記事にされるとは思わないんだろうか。賢い彼のことだ、思い至らない訳ではあるまい。

けれど彼は相変わらず微笑んだまま。

「あとは、好きな人に嫌われるのは別にいいけど、もう失くすのはやだかな。死んじゃったら僕、もうそれ以上愛せないから」

「大事にしたらいいのに」

 思わず漏れた言葉に、川村は笑った。

「これが僕だからね」

 そう言って、彼はポケットからスマホを取り出す。新開の方へと向ける。それは彼が撮った写真や音声。全て選択して、迷いなく消去されるのを見せ付けられる。彼はもう一度ポケットに手を突っ込んで、鍵を一つ取り出した。それを新開の前に落とす。

「え……?」

 突然の出来事に新開は目を丸くした。

「今日で全部おしまい。家のデータも消しとくね。まぁ、貴方は俺よりもっと怖がりだから、ちゃんと誰かに支えられて生きてきなよ」

 新開の頬を撫でる。ふっと目の前が陰った。瞬きをする間もない。触れるだけのキス。初めてのことだった。

 離れた彼の顔は、影になってはいたが微笑んでいたのがわかった。

 あっという間に彼は背を向けて部屋を出て行ってしまった。

 

 

 初めは、また現れるんじゃないかと思っていた川村は、それから一週間しても二週間しても現れることはなくて、新開は胸を撫でおろした。

そうしてみれば、全ては元通りで、いつもの一人の部屋だけがある。日常生活もルーチンで特に面白みがある訳じゃない。手段を選ばずネタを見つけて、記事にして、そんな日々。

 川村がいた証なんて本当に何もなくて、あの日々は夢だったんじゃないかとすら思えた。ただ、掃除をしていたらどこからか彼の持っていた音楽機器が出てきた。イヤホンをしてみると、ピアノの旋律が美しいクラッシックが流れてくる。

 彼はあんな顔をしてこんなものを聞いていたのか、とぼんやりと思った。新開は、未だ川村の話を記事にはできていなかった。

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