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君と僕との懲りない生き方

 

 

 

 

 苦しそうに息をする新開を、川村は見下ろした。

「大丈夫?」

「むり、です」

 トイレに寄りかかり、真っ青な顔をしている新開の背中を撫でる。いつものように彼の家に入り浸っていたがなかなか帰ってこず、そろそろ帰ろうかと思っていたところだった。ふらふらと壁にぶつかるようにしながらやってきた彼をなんとか回収してトイレに連れ込んだ。

 体からは煙草と酒の匂いが強く漂ってきているところを見ると、飲み会帰りだろう。そういえば、新開が酒を飲んでいるところを川村が見たのはこれがはじめてだった気がする。

 苦しそうな顔を見て、ネクタイを外してやり、上着を脱がせ、シャツのボタンをいくつか外す。

「会社の飲み会?」

 尋ねると、こくりと頷く。持ってきた水を隣に置いてやり、背中を撫でてやるがふるふると頭が振られる。

「もう吐けた?」

 再び力なく頭が振られる。

「吐けそう?」

 無理そうだなぁ、と苦笑いする。どっこいしょ、と川村は彼の隣に膝をついた。肩をもってぐっと体を起こしてやると、ぐずるように体を押しのけられるが、気にせず支える。体に腕を回して、みぞおちを圧迫すると嫌々をしながら腕を振られるが、やれやれと思いながらぐっと力を込める。おぇっと体が動くが、吐き出せていないようだ。

「この状況で犯されたくないなら大人しくして?」

 ドスを利かせると、びくりとして大人しくなる。一瞬大人しくなった後にしゃくり上げ出してしまったが、構わずその口に右手の指を押し込む。

「はい、頑張ってね」

 爪が喉の粘膜を傷つけないように気を付けながら、ぐっと喉の奥を押しながら、同時にみぞおちを圧迫する。ぐぅっと体が動いたのを感じ、口の中に入れた指を抜いた。

「う、ぇっ……」

 ビシャビシャと吐瀉物が吐き出される。その背中をゆっくり撫でてやりながら、嗚咽が止まるのを待つ。

「新開さん、お水。口ゆすいで」

 グラスを渡すと、新開は緩慢な動作で受け取り、口をゆすいだ。立ち上がることもしんどそうな彼に代わってトイレの水を流してやる。

 吐いた中身はほとんどが液体だった。それは酔うわ、と呆れる。

「もうちょっと吐く?」

 ふるふると首が振られた。

「うん、じゃあお水飲んでベッドの方行こうか。ここじゃしんどいでしょ」

 新開からグラスを受け取り、シンクに置くとりあえず彼を運ぶところからだが、相変わらずぐずっていて運び辛そうだ。そもそも全然動いてくれそうにない。

 別に自分より十センチも高い男を運ぶこと自体は問題ない。体重だってそれほど重たいわけじゃないのだが、本人に全く動く気がないとなるとほんとうに運びにくい。

「ほーら、新開さん」

 手を引くが、また首が振られる。

「っとにもう……」

 なんとかするか、とその腕を持って肩にかける。よいしょ、と体を持ち上げる。膝に来そうだなぁと思いながら嫌がる新開をなんとかベッドにまで運ぶ。

「横になれる?」

「気持ち悪い……」

 仕方ないな、とベッドの後ろの壁に寄りかからせて座らせる。先ほど置きっぱなしにしていた水を取りに戻る。ふらふらと新開は横に揺れながら相変わらず青い顔をしていた。

「できるだけ頑張って飲んで。明日そのほうがマシでしょ」

 そう言って口元にグラスを当てると、川村の手に自分の手を重ねてごくりごくりと飲んだ。途中で何度もやめようとしたが、川村が気にせず傾け続ければ眉を寄せながらも飲んでくれたため、グラスはほとんど空になった。

「うん、いいこいいこ」

 頭を撫でてやると少しほっとした顔をした。先ほどより多少は顔色がよくなっている。隣に並ぶように座り、頭を撫でてやると、荒い息が少しずつ落ち着いてきた。

 しばらくすると、すぅすぅと寝息が聞こえてきて、川村はその体をベッドに横たえた。クマが酷く、疲れが顔に出ている。さぞかし酔いが回るのも早かっただろうな、と苦笑いする。

 コンタクトのままだが仕方がない。それは翌日の彼になんとかしてもらおう。とりあえず、と新しく水を汲んでテーブルに置き、それから彼の体に布団をかけた。時間を見ると、割といい時間だ。帰れない訳ではなかったが、どうしようかと悩む。

 新開の部屋を見渡すと、川村が寝られるようなソファーや掛け布団がもう一つあるというわけではない。うーん、と思いながら彼の隣に寝ることに決めた。流石に何もないところで丸まって寝たら風邪を引きそうだった。眠っている新開の隣に潜り込むと、寒いのか身を寄せてきて、ぎゅっと服を掴まれた。その体はきゅう、と丸まって自分の身を守っているようにも見えた。

「……可哀想な人」

 スペースの確保のためにも、とその背中に手を回して撫でてやる。徐々に暖まってきたのか、少しずつ体の強張りが解けていった。

 

 

「……なんだ、これ……」

 暖かいものを感じ、手を伸ばすとなにか柔らかいものに触れた。体を起こすと、隣で川村がすやすやと寝ているのに気が付く。

「なんだこれ」

 昨日飲み会で特に飲めもしないビールを付き合いで飲んで、勧められるままつい飲みすぎた。途中までしか記憶がない。どうやって戻ってきたのかも覚えていない。

 あれだけ飲んだ割には比較的気持ち悪さもなく、胃もたれとむかつきだけで済んでいる。服も上着とネクタイはちゃんとハンガーにかけられている。

 テーブルを見ると水の入ったグラスが置いてあった。まさかと思うが、この傍若無人な少年が置いてくれたのだろうか、と不思議に思いながらもベッドをおり、その好意に甘えた。

 飲み会の翌日の水は本当に美味しい。

「……ぷはっ」

 脱水気味の体に染み渡っていく感じがした。

「……んっ……」

 自分以外の声に振り返ると、川村がベッドの上で伸びをしていた。

「あぁ、おはよう新開さん」

 ふあ、と欠伸をしながら彼は再び布団に包まる。

「川村くん、おはよう……」

 じわり、と新開の中に不快感が広がっていく。今まで川村は黙って新開とは別に何かをしているか、セックスするだけして家に帰っていくことが多かった。休日のこんな日がほとんど真上まで登る時間までまるで恋人か何かのように居座ることはなかったのだ。壮絶な違和感。

一人に慣れすぎて、誰かがいる空間に耐えられない。誰かに自分の空間を侵略されていくことにものすごいストレスを感じていた。

 それだけではなく、彼は新開という人間自体を蹂躙していく。踏み込まれたくないところにわざわざ踏み込み、ぐちゃぐちゃとかき回し、無理やり暴いて壊していく。

 今回、飲みすぎてしまったのもだいたいそのせいだ。何も考えたくなかった。全部忘れてしまいたかった。ストレスが溜まっていたから、セーブが効かなかった。

「……君は」

「はい?」

「何がしたいんですか」

「何も」

 何も、と彼は何でもないことのように言う。それにかぁっと頭に血が上るが、ぐっとこらえる。そして疑問を口にした。

「……水、あなたが?」

「うん、飲みすぎ気をつけなね」

 川村はもう一つ欠伸をして、よいしょ、と体を起こした。ありがとう、と言うと彼はこてんと首をかしげた。そういう姿は年相応でかわいいのに。

「大丈夫?」

「気持ち悪さとかは、とりあえずないんですけど」

「よかった」

 飄々とした姿からは彼の考えは読めない。ただ、淡々と質問に答えるだけだ。

「お腹すいたな……僕ご飯買って帰るね」

「何も、しないんですか」

 本当に彼は何をしに来たんだろうかと疑問を覚え尋ねる。彼はじろりと新開を見る。

「そんなにしてほしいなら、するけど」

 振り返って、ぐっと腕を掴まれる。びくりと体を震わせる。

「今抱いたらキツすぎて吐くかもね? ゲロの中で喘ぐ? 汚いし自分で全部舐めてきれいにしてもらおっか。どうせ貴方すぐ泣いちゃうだろうけど終わるまで許してあげない」

 ぞっとして手を振り払う。底の見えない彼の瞳がじっと新開を見ていた。

「片付け大変だからしないよ」

 彼はすっと視線を切って、背を向けた。新開には、彼が全くわからないままだった。

 

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