top of page

 

君と僕との懲りない生き方

 

 

 

 

 

 

「なんで君はそうやって、さぁ……!」

 いつの間にか家に入り浸っている川村を見て、新開は声を上げた。プライベートゾーンをじわじわと犯されていく不快感。自分の時間を削られていくことへの苛立ち。

 少年といっても差し支えのない彼は、目線だけを新開に向けて無表情で言った。

「な、何を怒っているの?」

 既に口調も敬語が抜けている。年上を敬うということを知らない。

「そりゃ怒るでしょう、人の家に勝手に入り込んで、一回や二回だったらいざ知らず」

 こちらの都合も知らないで、と奥歯を噛み締める。

 彼と出会って数ヶ月、処女を奪われて数週間。男なのに処女の概念もへったくれもあるか、と思うが、残念ながらある。情報を得るために体を投げ出したことはあるが、それだって全て薬を飲み物に混入することによって未遂で済んでいたのに。

 それを告げたら川村はしれっとした顔で、おっさんに処女もへったくれもないだろう、と言い放ちやがった。

 それ以降いつの間にか合鍵を作っているわ、勝手に家に上がり込むわ、あげくに新開をいいようにするわで新開としてはストレス以外のなんでもなかった。

 ただ何もせず本を読んでいたり音楽を聞いていることもあるし、翌日バイクに乗るのが辛いくらいに抱き潰される時もある。

 どちらにせよ、一人の空間を邪魔されるのが本当に嫌だった。

 未成年だからといって、やっていいことと悪いことがある。既に彼のした暴挙や法外なことは数え切れない。むしろ今までよくキレなかったものだな、と思った。

 ほぅ、と川村は溜息を吐いた。溜息を吐きたいのはこっちのほうだと新開は拳に力がこもった。脱力したぐだぐだとした様子で彼は面倒くさそうに立ち上がる。すたすたと新開の前に立つと、じっと目を見た。彼の手が伸ばされる。

 びくりとした。叩かれるのか、無理やり何かさせられるか、今までのことを考えたら何があってもおかしくない。

 けれどその手は腕に添えられただけで特別力はこもっていなかった。じっと見つめ上げる目線は自分より十センチも下なのに、逃げることは出来るはずなのに、なんとなくしにくい視線。

「……何怖がってるの?」

 視線が外せない。

「暴力? 性行為? 色々なことをバラされて世間体が危ないこと? それとも……」

 トン、と胸元を指で叩かれる。

「踏み込まれるのは怖い?」

 ふっと川村の口元が歪む。それを見た瞬間、カッと頭に血が上った。何かを口にしようと口を開いた時には彼は猫のようにふらりと体を離して、背を向けていた。

「疲れ、顔に出てるから早く寝たら? て、抵抗する元気もない相手とするの、面白くない」

 くぁ、とあくびをしながら彼は家を出ていった。体から力が抜ける。いつもは落ち着く自分の部屋が、なんとなくよそよそしく感じた。

 

 

 どれほど川村に言ったところで、彼には全く響かなかった。

「あ、おかえり」

 おかえり、じゃないわ、と思いながら脱力する。そろそろ鍵を変えてしまおうかとも思うが、うっかり変えたら後々彼の持っている写真などをばら撒かれたりするのも怖かった。

 家に戻ってきたから、と新開はまずコンタクトを外してメガネに変える。目が乾いて仕方がない。最近ドライアイが益々悪化している気がした。目薬をさすがたいして効果はない。

 諦めて食事の準備を始める。

「川村くん、ご飯は?」

「食べてきた」

 勝手に上がり込んできている人間にそんなことをしてやる必要なんてないのに、ついつい聞いてしまう自分が恨めしい。ざかざかと時間のかからないパスタをとりあえず作って、一人でもそもそと食べる。なんとなく視線を感じて顔を上げると、川村がじっと新開を見ていた。

「えっと……食べますか?」

 そう尋ねると、川村がふっと新開の手を包むように握った。彼がパクリとフォークに巻かれたパスタを食べる。

もっくもっくと食べる姿は小動物じみていて可愛らしいのになぁ、と新開は何とも言えない気持ちになった。

 こくりと彼の喉が上下する。

「お、美味しいです、ごちそうさま」

 思っているよりよっぽど律儀な返事に、思わず新開が頭を下げてしまった。彼は再び腰を下ろすと、新開が食事をする横でもくもくと読書をはじめた。なんだか難しそうな数学の文献だった。

 なんとなく変な気分で食事を終え、片付ける。部屋に戻ると、川村が顔を上げた。

「こんなとこ入り浸って、君本当に友達いるの……僕はそれが心配なんですけど……」

「失礼な。新開さんより多分いる」

 ぐっと痛いところをつかれ、新開は唸った。すると、すっと視界の端で川村の手が上がった。びくりと体が震える。ぎゅっと目をつぶって体を縮こまらせる。むに、と彼の手が新開の口元を拭った。

「ソース」

 かぁっと顔が熱くなるのを感じた。

「なんでそんなにビビってるの」

 彼は確かに無表情だったが、その目は冷たい。どきり、とした時には遅く、両手を掴まれた。

「ね、僕が殴ると思った? 怖いの?」

「そん、なことは」

 ある。というか、反射的なものなのだ。中学までずっといじめられてきたから、手が上に上がることが怖くてついビクビクとしてしまう。

 情けないから口には出さないが、未だにそういうのは怖い。

「ふぅん」

 ばっと彼が右手を振り上げた。びくり、と体がまた反応する。

「ほらね」

 はぁ、と溜息を吐かれる。新開はぎゅぅ、と唇を噛んだ。

「……仕方がないじゃないですか、怖いものは怖い……」

 川村が何か思案したような顔になる。こういう顔をしている時は、大抵ろくでもないことだと新開はもはや理解していた。怯えながら、上目で伺う。頬を両方から手で挟まれた。

「じゃあ今日は痛いことしようか」

 大丈夫、気持ちいいから、と言われて新開はくらりとめまいがした。

 

 

 痛いこと、という割には川村はいつもの通り、いっそいつもより丁寧に新開を嬲った。体が火照り、ぜぇぜぇと息が荒い。イかせてもらえなかったり、イきっぱなしというような意地悪もされずに、新開はいっそ首をかしげた。

 体がくるりと反転させられ、腰だけ川村の膝に乗るような形をとらされる。屈辱的な体勢に、顔がかぁっと赤くなった。そのまま川村はいつものようにそこを撫でたりもんだり指先を潜り込ませたりしている。

「っん、は、ぁ」

 今彼の視界では彼の指が新開に出たり入ったりしているのがまざまざと見えているだろうと思うと恥ずかしさで死にそうだった。それなのに大概彼に慣らされた身体は快楽を拾ってしまう。

「っぅ、あ」

 身体はもっと奥に、と求めるのに、川村はわざと浅いところをぐにぐにと撫でるから早く、早くと思ってしまう。指が抜かれて、もっと、と思ってしまった自分を恥じる。

「腰揺れちゃって、やらしい」

「ひっ!?」

 ヒュッ、と風を切る音がして、パァン、と乾いた音が鳴った。衝撃の一瞬後に、尻がかぁっと熱くなるのを感じた。叩かれたのだ、と気づいたのはその後だった。一瞬でパニックに陥る。

「ひっ、や、やだ、ごめんなさい」

「んーん、ダメ。怖くないって嘘ついたからお仕置きね」

 そっと叩かれたところを撫でられる。一度叩かれて敏感になったそこが、触れられてピリピリする。その刺激にひぃん、と鼻にかかった声が漏れてしまう。

 尻に触れていた手が離される。くる、と反射的に体に力がこもった。次の瞬間、先ほどとは逆側に手のひらが打ち下ろされ、体が震える。怖くなってもがくが、川村の手でしっかり押さえられる。

「やだやだやだっ、お願い、許して、怖い」

「痛いだけじゃないでしょ、ほら、僕が痛いだけのことしたことあった?」

 ぶたれた尻を撫でられ、時々指を中に埋められる。先ほどよりも深く埋められた指が前立腺をごりごりと押しつぶして体が仰け反る。けれどそうして快楽を味わうのも束の間で、また再び手のひらが落とされる。痛みと快楽が混ざっていき、恐怖と期待も徐々に分からなくなってくる。

「ほら、結局叩かれて感じちゃってる」

 ね、と言われて前に手を回されて、ようやく新開は自分のものがガチガチになっていることに気がついた。

「じゃ、もう十回頑張ろうか」

 先ほどよりも強い力で叩かれ、新開はぎゅっとシーツを掴んだ。嫌々と首を振りながらもなんとか耐える。痛い。怖い。辛い。そういう気持ちもあるが、途中途中で川村が撫でていく感触に気が紛れる。

「っあぁっ、いた、いっ」

「はいはい、あと一回ね」

 バシンと一際大きな音を立てて叩かれ、新開は悲鳴を上げた。ぐすぐすと鼻を鳴らしていると、ぐっと起き上がらされる。

「いいこにはご褒美かな?」

 川村の上に跨らされ、対面座位の体勢をとらされる。

「……意地悪されるから、この体勢、嫌です……」

 新開は、以前抱え上げられて奥まで落とされたときの衝撃を思い出して震えた。

 それを見てふっと笑った川村に腰を引き落とされる。けれど思っていたような衝撃はなく、新開が我慢のできるゆっくりとしたペースでくわえ込まされた。挿れられたあとも、そのまま突き上げられたりはせず、ゆっくりと待ってくれていて、しかも背中を優しく撫でられ、腹は熱いのにとろとろとした気持ちになってくる。

「ん、ぅ……」

「気持ちいい?」

 川村の低い声が耳元で囁かれる。ゆったりとした重低音は耳に心地いい。体勢を保つために腕を彼の首に回し、ぴったりとくっついた肌の温度が気持ちがいい。

 ゆるゆると優しく揺すられる快感に喘ぎながら、気持ちいい、と呟くと川村がふっと笑ったのを感じた。その日は本当にそれ以上意地悪をされることもなく、ゆったりとした快楽の中で頂点に導かれ、新開はそのままとろとろとした眠りについた。

 

bottom of page